<span>【九段理江×栗原聡 対談】彼らが「あんこ」を獲得したら――22世紀、AIと人間の未来図【後編】</span>

【九段理江×栗原聡 対談】彼らが「あんこ」を獲得したら――22世紀、AIと人間の未来図【後編】

2026年5月31日

 人間をまんじゅうに例えると、「あんこ」が衝動や感情など自分を突き動かす部分で「皮」が後天的に学習した知識の部分だ、とAI研究者の栗原聡氏は言う。ChatGPTをはじめとした今のAIはいわば「あんこのないまんじゅう」だ。それではさらに技術が発展してAIが「あんこらしきもの」を手に入れたとしたら――。その時、人間はAIを同族のように信頼することはできるのだろうか。作家の九段理江氏と栗原氏の対談から近未来のAIと人間の関係性を探る。

ジャイアンの家にドラえもんが来たら

栗原 作家である九段さんは生成AIという非人間的なツールを用いることで純文学の「人間を探求する」という目的に迫ろうとしている、というお話を伺いました。でも、九段さんの創作活動において生成AIはあくまでサポート役です。現時点の生成AIは確率の統計モデルで動いており「こういう時はこういう表現が一番多いから」といった処理を行うので、いわゆる起承転結がはっきりしたストーリーは作れるかもしれませんが、九段さんの小説のように人間の内面の葛藤やエゴ、ジレンマが前面に出る作品はAI単独では書くことができません。人間は自ら動いて失敗や偶発性を経て新しい知識を取り入れることができます。それができないのが現時点のAIの壁と言えますね。

九段 その壁をAIが乗り超え、自律的に考えたり動いたりできるようになった時、人間がAIに頼りきりになってしまうことの危険性について、先生はどうお考えですか。実は私、機械に依存することの何が悪いのか分からないんです。すでに人間社会は多くの面で機械に依存していますし、身近なところで言えば、食洗機がなかったら料理もする気になれないという人も多いと思います。

栗原 私は2年ほど前まで、AIに依存しすぎるのはまずいと思っていました。考えるのが面倒な人や余裕がない人が何でもかんでもAIに答えを聞いてしまうのは良くない、と。でも最近では、無理矢理に依存させられているわけではなく自ら「AIに頼る暮らし」に充足しているのであれば、それはそれで良いのではないか、と考えが少し変わってきました。ただ、手放しで人間がAIに頼り切りになるのも違います。私がもし自律的に考えて動くAIを設計できるとしたら、のび太にとってのドラえもんのような存在にしたいと考えています。ドラえもんはのび太の言うこと全てにそのまま従うわけではありませんよね。のび太をちゃんと自立させるという目的があるので、あえて苦労させたり要望を断ったりするわけです。どんなに便利で万能なAIが実現したとしても、そのAIに100%依存したいとは誰も思わないはずで、99%依存しても残りの1%は自分で考えて動きたいという願望を持つのではないでしょうか。その1%を引き出し、支えてくれるような伴侶としてのAIが理想だと思っています。

AIと人間は信頼関係を構築できるか

九段 自律性を持ったドラえもんAIが、のび太ではなくジャイアンやスネ夫、出木杉くんらにも所有されたら何が起きるのだろう、とふと考えました。ジャイアンはドラえもんの制止を聞かず、自分の私利私欲のために暴力を行使してAIに言うことを聞かせようとするかもしれません。

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