医療・ウェルネス

東大医学部が生んでしまう「権威に従順な小悪党」の起源

2026年3月12日

 前回、昨年11月から1月にかけて教員2人が逮捕された東京大学医学部の不祥事を、明治期以降の歴史的経緯を踏まえて論じた。今回も、この問題を考えたい。

 東大医学部には1975年の卒業生がいない(留年生などを除く)。安田講堂事件の影響で、1969年の入試が中止されたためである。私が東大理科三類に合格してから39年が経つ。この間、多くの鉄門(東大医学部卒業生)関係者と接してきたが、1974年以前の卒業生と1976年以降の卒業生では、気質に大きな違いを感じることが少なくない。今回の不祥事の背景には、こうした断絶も影を落としているように思われる。

 東大医学部の「性格」を形づくった要因として、明治期の開学の経緯と、第二次世界大戦の敗戦がある。とりわけ直接的な影響は後者が大きかったのではないか。この点は、これまで十分に論じられてこなかった。

 東大医学部は、戦時体制の中で戦争遂行に深く関与した。場合によっては主導的役割を担ったと言ってよい。日米開戦時の東條内閣の顔ぶれを見れば、その一端がうかがえる。……

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、私たちが「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する