※本稿は「週刊新潮」別冊【「輝ける20世紀」探訪(2016年刊行)】に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書は当時のものです。
「金権政治」と批判された角栄氏
戦後55年体制のど真ん中にあって、「田中角栄」は激化の一途をたどる派閥抗争を勝ち抜いて権力の頂点を極めた。他に類を見ることのない圧倒的な資金力を武器に総理の座を手に入れたが、そこに如何なる秘密があったのか。
「俺が実際に運んだ金で、額が一番多かったのは1億円。田中内閣を作る時のことで、いまから40年以上も前になる。オヤジに言われて5000万円を入れた紙袋を2つ、ある派閥の領袖の事務所に「陣中見舞い」っていう名目で、両手にぶら下げて持ってった。あれは結構、重たいもんだよ」
懐かしそうな眼差しで生々しい過去を口にするのは、かつて「田中派七奉行」の1人に数えられた渡部恒三元衆議院副議長(84)だ。平成24年(2012年)11月に政界引退を表明し、現在は民進党顧問を務めている。……