「赤字国債」の歴史
日本の税制を語る上で、避けては通れない論点に「赤字国債」の存在があります。
1980年代は、赤字国債を発行するといっても、発行額は現在に比べれば微々たるもので、1987〜1995年頃までは毎年の赤字国債の発行額をゼロに近づけようという方針が生きていました。しかし、いわゆる「失われた30年」が始まる1995年あたりから、赤字国債が大量に発行され、様々な事業にお金を回して経済成長を刺激しようとする期間が続きました。結果的にはそうした努力は無駄に終わり、財政は不健全に陥り、経済成長もできませんでした。
90年代初頭のバブル崩壊以降、経済が成長しないために資金需要が減り、どんどん金利が下がっていきました。加えて2012年から2020年にかけての「アベノミクス」では、意図的に低金利政策を取りました。そうすることで、国債の残高が増えても、利払い費はそれほど増えずにすみました。だから、「安心して国債を発行しても大丈夫」というロジックで、国債残高はどんどん膨れ上がっていった。残高は現在約1100兆円(GDPの約2倍)に達しています。
しかし、金利が上昇して正常に戻れば、国債の利払い費も膨れ上がることになります。いま懸念されているのはまさにその点です。利払い費を捻出するために、また国債を発行するという流れになれば、それは「最悪の悪循環」に陥ってしまう。……
実際、2026年度予算の利払い費は約13兆円と前年度より24%も急増し、過去最大になる見通しです。最近のマーケットでの金利上昇が大きく響いているのです。
安倍政権は財務省を目の敵にし、官邸主導の財政を推し進めました。財務省が「このまま赤字国債への依存度を高め、金利が正常化したらどうするのか」と財政健全化をしつこく訴えるので、邪魔な存在だったのです。
金利が上がれば国債増発が難しくなる
日銀は植田和男総裁のもと、アベノミクスによる低金利政策を終わらせ、少しずつ小刻みに金利を上げて正常化させようとしています。日銀は黒田総裁時代に異常なまでに買い込んだ国債(560兆円、発行残高全体の52%)も少しずつ手放し、少なくとも諸外国の水準に近づけようとしています。
こうして、菅内閣、岸田内閣、石破内閣でようやく正常化に向けて動き出していた矢先に、安倍時代への逆行を志向する高市氏が首相となりました。
高市総理は「積極財政」を公約に掲げています。もし日銀ペースで金利を上げられると、利払い費の問題で国債増発が抑えられ、公約を果たせなくなります。水面下では、高市V.S.日銀という対立の構図が生まれているのです。
すでに国債市場では、国債増発による財政悪化を見越した投資ファンドが国債を売り逃げており、国債価格は急落(利回りは上昇)しています。為替も円安(11月21日現在157円台)に振れ、高市総理前に比べて10円も下落しました。
株式市場も日経平均が一時は5万円を超えて「高市トレード」ともてはやされましたが、2週間程度で下落に転じています。つまり今は国債・為替・株のトリプル安という「日本全面売り」状態になっているのです。
中でも国債の利回り上昇は、住宅ローンや自動車ローンの利率にもろに反映されるので深刻です。これから経済活動は、高市総理のいう「成長」どころか逆に冷え込むでしょう。また円安は輸出企業にはプラスですが、石油や食品の輸入物価を押し上げて、国民生活を苦しめるでしょう。
つまり高市総理が「積極財政」や「物価対策」と称してお金をばらまいても、国民生活は逆に物価高に苦しめられるという皮肉なシナリオが待ち構えているのです。
戦後の日本はずっと赤字国債の発行に慎重だった
11月18日に植田総裁と高市総理が初会談をしました。新聞記事によると、高市氏は日銀の説明に「そういうことか」と言ったとあります。私は「高市さんは自分がやっていることの意味が解っていないのではないか」と思わず疑いました。
アベノミクスが始まった時代(1ドル=80~90円、物価低迷)と今とは全く状況が違います。「後継者」だからと言って同じことをやるのは時代錯誤というほかありません。
余談ですが、日銀が大量の国債を引き受けて政府の財源不足を穴埋めするやり方は、かつて太平洋戦争中に行われた歴史があります。軍事費を捻出するためで、日銀は輪転機を回して山のように紙幣を刷りました。そのままではインフレ(物価高)になるので、政府は物価統制令をつくり、品目ごとに監視や摘発を強めて物価上昇を抑え込みました。
しかし、敗戦を迎えて物価統制が効かなくなると、すさまじいインフレが日本を襲いました。国民は戦時中に買った国債が二束三文になり、ほとんど財産を失いました。
この歴史への反省から、戦後の日本はずっと赤字国債の発行に慎重でした。1965年に戦後初めて赤字国債を発行した当時の大蔵省高官は、私に「こんなことをして未来の日本に責任を持てるのかと夜も眠れない日が続いた」と吐露したことがあります。
今では「禁じ手」だった日銀引き受けまでも平然と行われています。そのモラル、財政規律という正常な感覚は今や失われているのです。
党税調については、色々な見方ができますが、財務省からすると、敵陣(自民党)に築いた「財務省の出先砦」という見方ができます。だからこそ、財務省と意思疎通しながら歩調を合わせて税制改正を進めてくれる「インナー」(税調幹部会合のメンバー)を育てようとしてきたのです。
これまでは、十分に税制の仕組みや歴史、現行の税制が抱えている問題、長期的に日本はどこに向かうべきなのかといったことを理解しているインナーから会長が選出されるのが通例でした。税調会長は、消費税導入のような大きな責任を伴う決断をしなければならず、インナー外からポンと持ってきた人が務まるほど甘くはありません。
高市総理の税調人事の「狙い」と「盲点」
高市総理は、自らが掲げる積極財政を推し進めるために、「財務省の出先砦」を潰しにきたということでしょう。ただ、新人事でインナー出身ではない小野寺五典氏を会長に任命したことは、高市総理の人選ミスだとする指摘もあります。