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第2部 チェルノブイリの捕虜たち(3) 473日の拘束
アンドリー・グリシェンコはトゥーラ州ドンスコイの第1刑務所に移送された。殴られることはさらに増えた。27歳の誕生日を迎えたその日、アンドリーは家族に電話する機会…
2024年12月6日
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第2部 チェルノブイリの捕虜たち(2) 連日の暴行
捕虜たちはまずベラルーシ領内に運ばれ、次にロシア国内に移送された。電撃侵攻に頓挫したロシア軍兵士の態度は一変、激しい暴行が始まった。殴打やスタンガンによる電気シ…
2024年11月30日
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第2部 チェルノブイリの捕虜たち(1) 原発占領
1986年に旧ソ連チェルノブイリ原発で発生した史上最悪の事故により、周辺地域は深刻な放射能汚染に見舞われた。周囲30キロの住民は立ち退きを余儀なくされ、廃炉措置…
2024年11月29日
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「虐殺の街」その後――ブチャ・イワナフランカ通り再訪
ロシア軍の占領下で何が起きるか。ブチャ虐殺は、それがたとえ短期間でも想像を絶する悲劇を招くと示している。ただ、集団処刑が行われ「死の通り」と呼ばれたヤブロンスカ…
2024年6月30日
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拘束された元知事の軌跡――「ウクライナ軍はお前を殺すだろう」
元ヘルソン州知事アンドリー・プティロウは避難する予定の4月9日、やってきたロシア軍に拘束された。重要人物向けの拷問施設では対ロ協力を要求された。ウクライナとロシ…
2024年6月29日
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ヘルソン、拷問施設の実態を探る――男性の精神を破壊するためのレイプ
翌朝、ヘルソン市内へ。攻撃の危険に晒された街に人影は少なく、車で1時間のミコライウとは明らかに光景が違っている。2022年3月から11月にかけてロシア軍に占領さ…
2024年6月28日
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取り残された前線州――ヘルソンへの旅
ドニプロ川対岸からの攻撃を避け、整備された幹線道路ではなく敢えて悪路の田舎道を行く。「こんな道路のお陰で、ロシア軍の進撃も妨げられたんだ」と運転手が笑う。ヘルソ…
2024年6月23日
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「戦争疲れ」と「戦争慣れ」――揺れる世論、再び顔を覗かせる“悪弊”
徴兵対象年齢が引き下げられ、人々はウクライナの兵力不足と苦戦を否応なく意識している。しかし一方、街の復興と「正常化」は、ロシア軍侵攻当初に人々を結び付けた国家防…
2024年6月22日
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「戦争」と「復興」が同居する日常の重力――キーウ、イルピン、ボロジャンカ、アンドリーウカ
第二次ハルキウ反攻の成功から間もない2022年12月から翌23年1月、ウクライナ国内には全土奪還への希望が満ちているようにも思えた。停電のキーウの街は暗闇だった…
2024年6月21日
連載
ウクライナ讃歌