日本にとっての「シーレーン」と言えば、これまで、中東からインド洋、マラッカ海峡、南シナ海、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通る海上航路がイメージされてきた。海上交通は、海洋国家日本にとって様々な必要物資を運搬するため用いられるが、とりわけ重要なのが、中東諸国が産出する原油の輸送ルートだからである。2022年の国家防衛戦略が「インド洋沿岸国・中東諸国との間では、我が国のシーレーンの安定的利用やエネルギー・経済の観点からの重要性を踏まえ、防衛協力を進めていく」との一文において念頭に置くのも、このルートのシーレーンである。
もちろん、この中東からの東西シーレーンは重要であるものの、エネルギー資源の輸送という観点で言えば、日本と豪州や東南アジアを結ぶ第二のシーレーン、すなわち、南北ルートの存在感が高まってきていることは、しばしば見過ごされがちである。
その一方で、中国の軍事面における海洋進出に対する懸念は一層深まっており、いわゆる第一列島線を超えた野心も見え隠れする。そうだとすれば、台湾を巡る緊張や中国の海洋への膨張が続けば、バシー海峡を通る第一のシーレーンのみならず、インド洋・太平洋を通る第二のシーレーンへの影響も看過できなくなる可能性がある。
そこで本稿では、この南北シーレーンという経済安全保障・エネルギー安全保障上の問題を、中国の海洋進出への対応という軍事面から捉えることにより、両者が重なり合う部分の分析から日米豪比を中心とした多角的協力への示唆を得ることとしたい。そして、そうした示唆を通じ、同志国との安全保障・防衛協力を進める上で、その全体を貫く戦略構想や協力の焦点を特定していくことの重要性を強調したい。
「電源エネルギー供給」で見れば浮かび上がる豪州への依存
日本は石油の供給源の92.5%を中東に依存しており、その供給はインド洋を経由した海上輸送に頼る必要がある。このことを踏まえると、仮に中国による台湾侵攻が生起してバシー海峡の通航が危険にさらされた場合、ガソリン等の原料となる原油の安定供給に支障が生じることとなる。さらに、中国が地形を埋め立てて人工構造物を建設し、対艦ミサイル等を配置している南シナ海でも、自由な航行に支障が生ずるおそれがある。
以上のようなことは、かねてより安全保障の専門家から指摘されているが、一方で、「原油=シーレーン」という印象は、エネルギー供給の現状を踏まえると必ずしもその全体像を表しているとは言えない。それは、エネルギー供給に占める石油の割合が低下しているためである。
政府のエネルギー白書によると、一次エネルギーに占める石油の割合は、天然ガス、石炭等のエネルギー源の多様化に従い、1973年度の75.5%から、2021年度の36%へと大幅に低下している。この傾向は電力の電源構成において顕著であり、2021年度では石油が占める割合は7.4%しかない。一方、液化天然ガス(LNG)は34.4%、石炭は31%をそれぞれ占めており、その供給源では、豪州やインドネシア等の東南アジア諸国が大きな割合を占める。
また、一次エネルギーにおける供給源の比率が電源における供給源の比率にそのまま適用されるわけではないが(ガソリン、軽油、ナフサなど他の用途があるため)1、仮に一次エネルギーの供給源比率を機械的に電源の供給源比率に当てはめた場合、電源の中東依存度は11%程度にとどまることになる。一方、同様に機械的に当てはめた場合、電源に限れば、豪州への依存度は35.4%にも及ぶ。
これらを踏まえた場合、電力の安定供給を考えた場合には、マラッカ海峡を通る東西のシーレーンよりも、豪州や東南アジアと日本を結ぶ南北のシーレーンの重要性にむしろ注目すべきであることが分かる。加えて、脱炭素の流れの中で電気自動車が普及すれば、その重要性はさらに高まるだろう。このことがこれまで日本において意識的に語られなかったのは、多くの安全保障専門家が冷戦期におけるエネルギーの中東依存のイメージを引きずっているせいなのかもしれない。
政府における発信も地味であり、体系立ったものとはなっていない。ただし、そのおそらく唯一の例外としては、岸田文雄総理が2023年3月に発表した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のための新たなプラン」の取組の柱3(多層的な連結性)の事例として、太平洋島嶼国におけるインフラ整備事業を紹介する中で、「日本と豪州とを繋ぐシーレーン」への言及がなされたことが挙げられる。
豪州の天然ガス、石炭の開発地は東岸部と西岸部に分かれているので、日本への輸送ルートは、ニューギニアの東を通過して日本に直接北上する東側ルートと、ロンボク海峡を抜けてフィリピンの西からバシー海峡を通過する西側ルートがある。西側ルートではさらに、東ティモール付近のオンバイ海峡を抜けてモルッカ海に至り、フィリピンの東側を通るルートも使われているようだ。重要なのは、これら3つのルートのうち2つにおいては、南シナ海やバシー海峡を通航する必要がないという点だ。もっとも、中東からの輸送ルートでも、南シナ海、バシー海峡を避けて大回りでロンボク海峡から北上することも可能である。ただし、後者がマラッカ海峡迂回のため海運コストの上昇と輸送期間の遅れをもたらすのに対し、前者は元々の最短距離をとっているに過ぎないため、エネルギー価格の観点でその意味が異なってくる。
中国の西太平洋における軍事活動がもたらす周辺国の反作用
ここで、海洋の安定に影響を及ぼす中国の軍事活動について少し触れておきたい。中国は、2022年8月、ナンシー・ペロシ下院議長(当時)の訪台に対応する形で行った軍事演習において、台湾を取り囲む形で複数の訓練海域を設定した上で、それらの海域にミサイルを撃ち込んだ。1995-96年の第三次台湾海峡危機の際と比較して、2022年のミサイル発射ではその影響を受けた海域が台湾東側の西太平洋にまで及んだことは、日本を含む周辺国の安全保障への大きな示唆を与えた。すなわち、台湾有事が発生した場合の影響が台湾海峡だけにはとどまらず、バシー海峡や日本の南西諸島周辺海域にも及ぶだろうという懸念が顕在化したのである。こうした台湾東岸からの戦力投射に対する懸念は、台湾当局においても2021年の時点で表明されていたが、中国の行動はこの懸念を裏打ちした形となった。……