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Vol. 10

「田中首相誕生」を囃したジャーナリズムの豹変【プレイバック「週刊新潮」】

2026年5月1日


<span>「田中首相誕生」を囃したジャーナリズムの豹変【プレイバック「週刊新潮」】</span>
就任当時は“庶民派首相”の誕生を歓迎した各紙だったが…(Loredana Sangiuliano/ shutterstock.com)

 1976年に田中角栄・元首相が「ロッキード事件」で逮捕されると、新聞各紙は大々的な批判記事を展開する。しかし、田中氏が総理になった際、世間の歓迎ムード醸成の一翼を担ったのは、他でもないその新聞だった。さらには、「親中派」首相の誕生を後押しする意図からか、黒い噂を意図的に“封印”した形跡まで見られて――。当時の「週刊新潮」による検証記事をもとに振り返る。

※本稿は「週刊新潮」1976年8月12日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。

就任後に各紙が出した“お祝儀記事”

 一人のヒーローが壇上に登って民衆の頭を熱くさせるまでには、新聞による“世論操作”“ムードづくり”が不可欠であろう。田中角栄逮捕を「世論と新聞の勝利」と自賛するのなら、4年前、にぎやかに“英雄”(エロイカ)を奏でて彼を宰相の座に押し上げたのも同じ力ではなかったのか。田中の犯罪は首相就任のずっと以前から始まっているのであって、それを見抜けなかった新聞の不明、さらに「何かありそうだ」と思ってもあえてそれを見過ごしていた怠慢は重大である。そして最も残念なのは、コトここに至ってもなお新聞自身による率直な自己批判の声が聞こえてこないことだ。

「不明」といえば、限りなく不明に近い……とでもいおうか。田中角栄が総裁・総理に指名された1972年7月当時の新聞を読み直してみると、そこからはいくらでもきわめて“教訓的”な記事や論説をピックアップすることができる――。

 まず、朝日新聞社説『国民が待望する首相像』(7月7日)。……

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