※本稿は「週刊新潮」1976年8月12日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。
就任後に各紙が出した“お祝儀記事”
一人のヒーローが壇上に登って民衆の頭を熱くさせるまでには、新聞による“世論操作”“ムードづくり”が不可欠であろう。田中角栄逮捕を「世論と新聞の勝利」と自賛するのなら、4年前、にぎやかに“英雄”(エロイカ)を奏でて彼を宰相の座に押し上げたのも同じ力ではなかったのか。田中の犯罪は首相就任のずっと以前から始まっているのであって、それを見抜けなかった新聞の不明、さらに「何かありそうだ」と思ってもあえてそれを見過ごしていた怠慢は重大である。そして最も残念なのは、コトここに至ってもなお新聞自身による率直な自己批判の声が聞こえてこないことだ。
「不明」といえば、限りなく不明に近い……とでもいおうか。田中角栄が総裁・総理に指名された1972年7月当時の新聞を読み直してみると、そこからはいくらでもきわめて“教訓的”な記事や論説をピックアップすることができる――。
まず、朝日新聞社説『国民が待望する首相像』(7月7日)。……