経営者にとっての「教養」とは何か
教養という言葉の定義の中に答えがあります。「教養がある人」というと、博学な人、いろんなことをよく知っている人というイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、知識が豊富であることは、教養とはまた別の話です。
そもそも教養という日本語は、明治時代に西洋の概念を翻訳するなかで生まれた言葉で、もともとの言葉はリベラルアーツです。リベラルアーツを直訳すれば「自由の技法」。その対になる概念が、テクニカルアーツ。つまり技術やスキルです。
なぜ「自由の技法」なのか。ローマ時代の奴隷制社会を思い浮かべてみてください。ローマの奴隷の中には、特定の技術を持ち、主人のために働く人々も多くいました。奴隷というと鞭で打たれる悲惨なイメージがありますが、実際には賃金をもらって独立した家計を営む存在でもありました。ただ、彼らには一つだけ持てなかったものがありました。自分に固有の価値基準です。
何が良いことで、何が悪いことか。どんな世の中が望ましくて、何を選ぶべきか――。こうした価値の基準はすべてご主人様のものであり、奴隷の役割はその判断を実行するテクニカルアーツを提供することに限定されていた。一方、自由市民は自ら「価値の基準」を定立することができた。これこそがリベラルアーツ、すなわち教養の本質なのです。
つまり教養とは、知識の量ではなく、いろんなことを考え、行動し、経験を積み重ねた末にその人の中に立ち現れる、固有の価値基準のことを意味しています。