経済・ビジネス

「お客様化」する学生・新入社員 若者はなぜモンスター社員になるのか

2026年5月22日


<span>「お客様化」する学生・新入社員 若者はなぜモンスター社員になるのか</span>
「厳しさ」を引き受けるべきは…(Summit Art Creations/shutterstock.com)

 就活の売り手市場定着と退職代行サービスの普及により、若者が会社を辞めるハードルは急速に下がった。『Z世代化する社会』(東洋経済新報社)などの著作がある経営学者の舟津昌平氏は、その背景に学校教育から企業まで続く「お客様化」の構造があると指摘する。

大きく変化した企業と学生のパワーバランス

 なぜ若者がすぐに会社を辞めるのか。その背景を理解するためには、ここ数年で大きく変化した企業と学生のパワーバランスを見る必要があります。

 以前は企業が学生を選ぶ側で、内定を得た学生も「せっかく入った会社だから」と簡単には辞めない意識が強かった。ところが今は売り手市場となり、企業同士が人材獲得を競い合っています。企業が学生を“スカウト”する制度も普及し、待っているだけで声がかかる時代になりました。

 この立場の逆転は、若者の心理にも大きな影響を与えました。「苦労して入った会社だから」と考えるのか、「お願いされて入った会社だから」と捉えるのか。この心理的なスタンスが、この5年ほどで大きく変わってきたと感じます。

 そこにさらに加わったのが、退職代行サービスです。その本質は、意思決定のハードルを極端に下げる仕組みにあります。私の教え子で実際に使って辞めた方がいますが、「とにかく辞めるのが簡単だった」と話していました。

 誰しも瞬間的に「辞めたい」と思う瞬間はあります。しかし従来は、退職の手続きや心理的な負担がハードルとなり踏みとどまるケースが多かった。退職代行はそのハードルを取り払うため、一瞬の衝動がそのまま実行されることになる。決済が簡単になったことで衝動買いしてしまうネットショッピングとまったく同じ構造です。

大学・企業で進むエンタメ化

 こうした状況は突然生まれたものではありません。その土壌は、学校教育の段階からすでに育まれています。

 今の学校教育では、生徒が傷つかないよう・失敗しないよう先回りして支える仕組みが整えられており、大学も同様の取り組みを積極的に導入しています。中途退学を防ぐなどが主な目的です。

 例えば、入学時点からメンター的な存在をつけ、個人レベルの対応をとる仕組み。アメリカの一部の大学等で採用された仕組みですが、日本でも普及しつつあります。入学直後の4月から始まる初年次教育は代表的で、「ファーストイヤーゼミ」「ベーシックセミナー」「入門演習」など名称はさまざまですが、1年生を小さなクラスに分けて友人関係を築かせ、孤立・退学を防ぐ仕掛けです。

 中にはお笑い芸人を呼んで場を和ませたり、グループで演劇に取り組ませたりと、初対面の学生同士が打ち解けやすい環境づくりに工夫を凝らす大学もあります。こうした傾向は大学の「テーマパーク化」とも言えるでしょう。学生をお客様と捉え、「楽しい場所」「嫌なことが少ない場所」として演出していく流れです。

 エンタメ化の傾向は大学だけにとどまらず、企業の入社式にも及んでいます。話題性や宣伝効果はあり、参加者も喜ぶため広がりやすい。しかしそれが大学や企業の本来の目的に沿っているかといえば、首をひねらざるを得ません。

 この構造の背景は明確です。少子化で学生の絶対数が減る中、大学は快適なキャンパスライフを提供することで通い続けてもらおうとし、企業も採用競争に勝つために学生を「顧客」として扱わざるを得ない。

 そうした環境で育った若者に忍耐力や精神的なタフさを求めること自体、ある意味ではズレています。ディズニーランドやUSJのお客さんに忍耐や誇りを求めないのと同じです。

 私自身、大学で教えていても、否定されたり怒られたりすることに慣れていない学生が大学のレベルを問わず多いと感じます。分からないことがあっても「教え方が悪いのでは」と開き直る学生が少なくありません。就職活動でも、とりあえず人気のコンサルを受ける。「本当に行きたいのか」と聞けば「内定がステータスになるから」という答えが返ってくる——そんな場面に、少しげんなりすることがあります。

若者を"モンスター化"させないために

 では、この構造をどう変えればいいのか。既に述べたように若者の「お客様化」の根本は、学校教育にあると私は考えています。

 若者は経験が浅い分、価値観は比較的容易に上書きされます。「これは違う」「こうあるべきだ」と明確に伝えれば、素直に受け入れるだけの柔軟性が十分あります。ところが実際には、小・中・高・大学と進む過程で価値観を修正する機会はほとんどなく、社会全体が「傷つけないように」「辞めさせないように」と先回りし続けています。

 これはある種の「共犯関係」です。学校側はハラスメントを恐れるあまり、厳しい指導そのものをリスクと見なすようになり、保護者トラブルを避けようとする。結果として、小・中・高・大のどの段階においても「厳しさ」を引き受ける主体がいなくなっています。

 会社も似た構造ですが、大学と決定的に違う点があります。企業は賃金を支払う側ですから、楽しいことだけでは成り立たない。楽しんでもらうためにお金を払うわけがありません。しかし会社も面倒を避け、若手社員に現実を伝えようとしない。一方の新入社員は、入社した途端にお客様でなくなっても、どう振る舞えばいいか分からない。その結果、一部の若手が“モンスター社員”と呼ばれるようになってしまいます。

 しかしそのモンスター社員を生み出しているのは、大人の側です。防ぐためには、勇気を持って「あなたはもうお客様ではない」と伝えることが必要です。

 私も授業やゼミでその前提を学生に伝えるようにしています。若者は正しく関わればちゃんと成長します。お客様扱いをやめることは突き放すことではなく、むしろ彼らの可能性を信じることだと、私は思っています。若者をモンスター化させない責任は、受け入れる大人の側にあるのです。

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