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「シミュレーション教育」で「大臣」等を演じて学ぶ組織のリアル――ビジネスパーソンはなぜ紛争地退去を疑似体験しておくべきか

2026年5月22日


<span>「シミュレーション教育」で「大臣」等を演じて学ぶ組織のリアル――ビジネスパーソンはなぜ紛争地退去を疑似体験しておくべきか</span>
米下院特別委員会が開催した台湾有事を想定したウォーゲーム形式のシミュレーションで、地図上の駒を動かす参加者 (C)REUTERS/Amanda Andrade Rhoades

マニュアル化や訓練だけでは、有事につきものの不測の事態への備えは難しい。「政策シミュレーション」は、チームに分かれて国家元首や政府高官らの役割を演じながら、組織が時に見せる非合理的な“思わぬ動き”も疑似体験できるプログラムとして活用される。台湾有事を想定したものはメディアでもしばしば報じられるが、設定とシナリオの設計次第で、企業の危機管理研修などにも応用可能だ。政策シミュレーションを研究・開発してきた筆者らが、ビジネスパーソンがこれを体験する意義を論じる。

「不測の事態」は「体験」で備えよ

 近年、アクティブラーニング(体験型学習)の隆盛と並行して、大学においてもシミュレーションを用いた講義が増加している。かねてから筆者らも、シミュレーションを通じて受講生たちが理論と実践を架橋できるような授業開発を行ってきた。「百聞は一見に如かず」という使い古されたことわざが示すように、インプットばかりの座学にはない体験型授業の効果を想像することは、それを経験したことがない人でも難しくはないだろう。

 ビジネスの世界にも、日々生じる事象にどう対処するかには「ルールブック」がある。それがマニュアル化(明示)されている企業もあれば、口伝や職人技のように(暗黙裡に)行われている企業もある。しかし、仮にマニュアルがあったとしても、全てがその通りに対処できるわけではない。特に、災害やトラブルの不測の事態においては、事前の訓練では対処しきれないと感じる読者も多いのではないだろうか。

 政策シミュレーション教育は、こうした多様な事象を「体験」し、それをつうじて「不可知」を認識し、そこから「机上の学び」を超えた学習効果を得ることを目指すものである。仮想現実のもとで、意思決定者(各国政治リーダー、官僚機構、企業経営者など)になりきったロールプレイによって、各国の動きやそこから生まれる構図を考える試みとなる。
読者の方々もメディア報道をつうじて、いわゆる台湾有事についての政策シミュレーションの結果を目にしたことがあるのではないだろうか。日本がどのように関与するのか、その場合に日本や自衛隊にどのくらい被害が生じるのか、様々な語られ方をしてきたものである。

 以下では、政策シミュレーションを研究・開発してきた筆者らが、ビジネスパーソンがシミュレーション教育を体験する意義について論じてみたい。

プレイヤーが抱える「しがらみ」も設定

 政策シミュレーションの結果は、しばしば未来予測かのように扱われる傾向がある。しかし、シミュレーションは決して未来予測を行うものではない。むしろ政策シミュレーションでこそ得られるのは、頭で考えたときは「わかったつもり」になってしまう人間関係や組織間関係、国家間関係における相互作用の過程や、意思決定にまつわる様々な制約、さらにはその結果として合理的に選択される非合理的な決定の過程の「体験」である。一般に教育や研修においては、チームワークが優先され、一つの目標に向かってチーム一丸となって取り組んでいくことが是とされる。合理的な目標設定に基づき、計画を立てて取り組むという「王道」を、正面から批判する必要はない。しかし、私たちがよく知っているように、ビジネスや政治の世界においては、しばしば組織や個人にとって最適と思われる行動はとられない。こうした理由はなぜか、またそれがどのような決定として表出するのか、政策シミュレーションで学ぶことの中核的価値はここにある。

 このために、筆者らが実施してきた政策シミュレーションでは、プレイヤー個々が“非合理的決定を合理的に”行いうる設計を意図的に施している。たとえば国家間交渉の場合には、参加者に「○○大臣」や「○○党国会対策委員長」など各国高官の配役を細かく設計したうえで、そこに彼等が抱える「しがらみ」(例えば、支持者の選好など)をも設定する。結果、本来は合理的計算に基づけば最適と思われる決定がとりにくい現象が生じるのである。こうした体験を経て、参加者は政策策定における合理性と非合理性の間を学ぶことができる。

映画『13デイズ』の“二転三転”は企業にも起きうる

 もちろん、こうしたシミュレーションと全く同じ事象が起きることはない。すでに指摘したようにシミュレーションは決して未来予測ではないのだ。

 しかし、そこから学べる「共通項」は無数にある。政策過程研究の金字塔となった事象として知られるキューバ・ミサイル危機と向き合ったケネディ米政権を描いた映画『13デイズ』では、組織内の意見の相違のみならず、本来、権限がない者の活躍や、突発的な事態に対して決定が二転三転する事象が観られる。この映画が示すように、危機に際しては、米国政府ですら、なにもかもを計画的に進められるわけではないのである。朝令暮改を繰り返す第二次トランプ米政権の動向からも明らかなように、危機でなくとも、場合によってはこうした状況が生じることとなる。

 自分の会社でも同様の状況があると感じた読者もいるのではないだろうか。例えば社内でシミュレーションを行ったときには、こうした不測の事態の際にはどのような現象が生じるのか、誰の発言権が高まるのか、どの課とどの課の利害が衝突しやすくなるのか等を予め確認することができる。

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