※本稿は「週刊新潮」2026年5月7日・14日号の特別読物【「ロッキード事件」50年目の告白 田中角栄の裏金を日本に運んだ米国人(81)】の一部を再編集したものです。
田中角栄の裏金を運んだ米国人
香港の中環(セントラル)は、香港島北部の海岸沿いのエリアである。英国の植民地の頃からビジネスの中心で、香港上海銀行、中国銀行など大手金融機関が拠点を置く。
一九七六年二月のある日、その目抜き通りのクイーンズ・ロード、シェルハウスの四階に日本人記者が詰めかけた。エレベーターを降りると、「ディーク社」という英語の看板がある。受付に向かって、口々に「ロッキード」、「支店長に会わせろ」と喚き立てた。いきなりオフィスの写真を撮り始め、社員と小競り合いも起きた。
その場に居合わせたブルース・エイトキンは、こう語る。
「朝、出勤するとエレベーターの中で、数人の日本人記者と出くわした。その時は、何が何だか分からなかったが、ドラマ全体の中で、ディーク社の自分もプレイヤーになっていたんだな。ロッキード事件の一役を担っていたと知って、本当に驚いた」
今から半世紀前に発覚したロッキード事件は、現在も戦後最大の疑獄とされる。一九七六年二月四日、米上院外交委員会の多国籍企業小委員会(チャーチ委員会)で、米航空機メーカーのロッキード社が、日本への売り込みで三〇億円以上の秘密工作資金を使ったことが暴露された。
全日空にトライスター機(L-1011)を売り込むため、右翼の児玉誉士夫を通じ、日本の政府高官に賄賂が贈られたこと、政商と言われた小佐野賢治も工作に関わったこと、ロッキード社の代理店の大手商社丸紅が、「ピーナッツ」の暗号で工作資金の領収書を作ったことが明らかになった。
チャーチ委員会に出席したロッキード社のアーチボルド・カール・コーチャン副会長は、丸紅経由で、約六億円が複数の政府高官に渡ったと証言した。一体、誰が金を受け取ったか、日本中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
そして、同年七月二七日、東京地検は、田中角栄元総理を逮捕した。容疑は、「外国為替及び外国貿易管理法(外為法)」違反。総理経験者が在職中の犯罪容疑で逮捕されたのは異例である。またロッキード社の会計担当者、田中の運転手が自殺するという悲劇も起きた。スケールの大きさといい、多彩な登場人物といい、戦後最大のスキャンダルと呼ぶに相応しかった。
この事件では、当初から米国の外国為替業者の名前が登場した。その会社は、ロッキード社の金を日本に持ち込む実行役で、CIA(米中央情報局)ともつながるという。これが、ディーク社である。
チャーチ委員会の資料によると、米カリフォルニア州のロッキード本社から送られた資金は、同社の海外販売を受け持つロッキード・エアクラフト・インターナショナルなどを通じ、ディーク社に送金依頼された。ディーク社は、香港に支店を持ち、現地で用意した日本円を地下銀行経由で運ぶ。二重、三重のクッションを使い、ロッキード社の痕跡を消す仕組みだった。
このディーク社で秘密工作資金を運んだのが、先のブルース・エイトキンである。私がエイトキンと知り合ったのは、一四年前、香港を訪ねた時だ。彼から見たロッキード事件はじつに面白く、以来、親交を持ってきた。事件から五〇年を機に、三月、香港を訪ね、改めて話を聞いてみた。