※本稿は「週刊新潮」2026年5月7日・14日号の特別読物【中国を抜いてベトナムが1位に――4人に1人が「外国人受刑者」という府中刑務所の実態】の一部を再編集したものです。
受刑者のうち4人に1人が外国人
「本当に恐ろしい時間だったと思います。思い出したくもありません……」
窃盗の罪などで服役中のベトナム人受刑者A(30代)は「技能実習生だった2年間は、どんな時間だったか?」という私の質問に一瞬の沈黙の後、顔を歪めてこう答えた。
詳しい罪状は後述するが、府中刑務所では、Aのように技能実習先から逃亡して罪を犯し塀の中へと入ってしまうベトナム人が、ここ数年急増している。出身国の最近8年間のデータを見ると2017年度から23年度は中国がずっと1位だった。しかし、それまでトップ3にも入っていなかったベトナムが5年前に突如3位になると、22、23年度は2位、一昨年にはついに68人で中国を抜いて初めてトップになったのだ。
さらに府中刑務所では今、様々な国の受刑者が服役している。その数は実に60カ国1地域、52言語(取材時2月)と正に“多国籍化”しており、職員の苦労たるや想像を絶する。取材中にも通訳が極めて少ないグアテマラの少数言語を話す受刑者が入所した。何より“言葉の壁”は外国人にとってストレスとなりトラブルに発展してしまうことも多いという。
府中刑務所では1995年に外国人受刑者に対応するため国際対策室を新設、現在は通訳などを担当する国際専門官が7人いる。この7人で30言語に対応でき、残りの言語は非常勤の職員や民間からの派遣で凌いでいるという現状だ。先の衆院選でも外国人政策は大きな争点の一つになった。“社会を映す鏡”とも言われる塀の中をのぞくと解決すべき課題が見えてくる。
3月18日にテレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」で特集として塀の中の現状を放送したが、お伝えしきれなかったことも多々あり本稿でさらに詳しくご紹介したい。
府中刑務所は、東京ドーム約5.6個分の広大な敷地を持ち収容定員は2668人。全国の刑務所の中でも最大規模の施設だ。取材時には1762人が服役していた。そのうち外国人は前年より40人ほど増え429人。実に4人に1人が外国人という計算だ。府中刑務所に改称されたのは昭和10(1935)年。“昭和最大の未解決事件”とも言われる3億円事件(昭和43年)は府中刑務所の塀のすぐ脇が現場だった、と言えばある程度の年代の方々にはピンとくるだろう。
入所する受刑者は、日本人の場合は10年未満の刑期で再犯者が多い。一方、外国人はほぼ100%が初犯で、刑期は10年以上が15.4%、無期懲役も30人いる(去年3月末現在)。今回、私は3人の外国人受刑者にインタビューできた。この3人の話をもとに“塀の中”が抱える問題点を詳らかにしていきたい。
技能実習先から逃げ出したベトナム人盗犯
日本人と異なる処遇を必要とする者は刑務所内では「F」と示される。Fは英語で外国人を表すforeignerの頭文字である。一昨年末で外国人受刑者は全国で1460人(男性1249人、女性211人)、前年より5.2%増加(矯正統計年報)、収容施設は全国20カ所だ。府中刑務所では93年に約200人を収容する3階建ての外国人専用の収容棟を新設。昨夏には1階のみ床をフローリングにリノベーションした。すべて一人部屋で、外国人用のベッドを入れるため通常の畳部屋より若干広い作りになっている。
現在、出身国でトップのベトナム人は窃盗犯が多いという。冒頭に紹介したAはインタビューで「やったことは窃盗です」と日本語で答えた。具体的には「友人達と住宅に侵入し現金のほか貴金属などを盗んで売りました」と罪状を説明した。関係者によると今、北関東などでは“ベトナム人経済圏”なるものが形成され、盗品を買い取る業者などが決まっていて換金できるシステムがあるという。窃盗を何件したのかと聞くと「警察署で言われた数字は100件以上です」との答えに長年、事件取材をしている自分も驚かされた。早朝、家で寝ていたところに警察官が訪れてきて「罪を認めるか」と聞かれ、すぐに認め逮捕された。被害総額は約670万円、このうち11件で立件され懲役3年10カ月の実刑となった。
では、一体なぜAは犯罪に手を染めてしまったのか?
「第一にはビザが切れていたからです。そのせいで仕事が見つかりません。第二には借金があったからです。それで友人から誘われて窃盗をしました」
友人とはAのように技能実習先から逃亡したベトナム人達で、十数人の窃盗グループを作っていたという。ビザは当時、1年ごとに更新でき3年で帰国しなければならなかったが実習先から逃げ、逮捕された時はオーバーステイだった。借金をした理由は「来日するための費用として銀行で借金をして、それがまだ返せていませんでした。借金は60万円くらい残っていました」と答えた。
多額の来日費用は、技能実習制度の問題点のひとつでもある。そして、なぜ実習先が嫌になってしまったのか?
「実習生を2年やったが、会社の人が良くなかった。社長が私をいじめたのです。来日前は、仕事よりも研修の方が多いと想像していたが、実際に来てみたら多過ぎるぐらい仕事ばかりだった」
と訴える。さらに、
「給料もベトナムで契約した金額よりも低かった。仕事は大変なのに借金も返せない状況だったので逃げることにしました」
と釈明した。 “貧すれば鈍する”、人間追い詰められると往々にして倫理観も崩れてしまうものだ。犯行時の心境を聞くと、
「悪いことをしている最中も自分が被害者の立場だったら、どうだろうということを考えていました。いつか警察に捕まるだろうとも思っていました。今思い返すと、なんであそこまでやったんだと後悔しています」
言葉から根は真面目で今、更生に向けてもがいているようにみえた。
刑務所の炊場や洗濯工場は外国人頼りに
法の裁きを受けたAの一日はどんなものなのか。朝6時45分に起床後、すぐに布団を畳み身支度を整えると刑務官による「朝点検」が始まる。受刑者が自分の部屋にいるか確認するのだ。受刑者の部屋は担当する工場ごとに分かれている。午前7時過ぎには朝食、7時半過ぎには部屋を出て作業を行う工場へと向かう。Aの担当は「洗濯工場」だ。
塀の中の生活は受刑者による作業で支えられている。食事は「炊場(すいじょう)」担当の受刑者が作り、衣類などの洗濯も受刑者が行うのだ。この炊場や洗濯工場は、ある程度の能力や体力が求められるため行状がよい“模範囚”が配置されることが多い。私は十数年前にも府中刑務所を取材したが、当時受刑者の高齢化が進み、炊場や洗濯工場の適格者が必要数を下回り、刑務官や受刑者は危機感を示していた。そして今、炊場では36人中7人が、洗濯工場では37人中7人が外国人であった。
府中刑務所では今なお日本人受刑者の高齢化が進み、炊場や洗濯工場は、外国人がいなければ回らないという。日本人の平均年齢52.5歳に対し、外国人は41.3歳と10歳以上も若いのだ。一般社会でも、人手不足で多くの外国人に頼っている現状があるが、塀の中でも同じような状況になっている。正に「塀の中は社会の縮図」だ。
刑期を終えた外国人受刑者は在留資格があるなど一部の例外を除き、ほぼ100%母国に強制送還となる。Aは刑期満了まで、あと1年を切っている。
現場の職員は現状をどう考えているのか? 急増するベトナム人受刑者に対応するため、一昨年に採用された国際専門官に話を聞くと「元技能実習生というベトナム人受刑者は非常に多いです」とした上で技能実習制度については苦言を呈した。
「課題の多い制度だと個人的には思っています。ブローカーなどを間に挟んでいるので来日費用が非常に高くなってしまう問題もありますし、一番は転職不可の制度です。もちろん実習生側にも問題はあるとは思いますが転職できないので、逃げ出すしかないと話す受刑者もいます」
様々な問題点のある技能実習制度に代わり、来年4月からは新たに「育成就労制度」がスタートする。大きな変更点は、これまで原則認められていなかった働き先を変える転職について、同じ企業で1年以上働いた上で一定の日本語能力などがあれば認めることになる点だ。賃金も同じ仕事をする日本人と同等以上とすることが定められた。新制度が上手く運用できるかは受け入れる企業、行政の向き合い方にかかっている。