特集 > ライフ

Vol. 7

鎌倉で野菜を売る「ビームス」バイヤー “四毛作”の人生が届けるサービスの極意

2026年6月23日


<span>鎌倉で野菜を売る「ビームス」バイヤー “四毛作”の人生が届けるサービスの極意</span>
野菜を売るビームスのバイヤー・加藤忠幸さん(筆者撮影)

日本を代表するアパレルブランドのバイヤーは、“裏の顔”を持つ。毎朝畑仕事を終えてから原宿のビームス本社に出勤し、鎌倉に戻っては「レンバイ」で野菜を売る。さらにもう一つの副業にも手を出し……。そんな彼の、二毛作ならぬ“四毛作”の人生を追った。

レンバイにいる男

 今年、53歳になる加藤忠幸は4日に1回、鎌倉の「レンバイ」にいる。レンバイとは鎌倉市農協連即売所のことで、鎌倉駅から歩いて3分の所にある野菜の直売所だ。小学校の体育館くらいの広さの露天に屋根をかけたスペースで、4軒から5軒の生産農家がそれぞれ自ら育てた野菜を売っている。歴史は長い。発足したのは昭和3年(1928)だから、およそ百年前だ。当時、鎌倉の農家は野菜の引き売りをしていた。それを見た外国人牧師が「ヨーロッパでは、農家が自分で生産した野菜などを決まった場所で直接消費者に販売している」と教えた。それをきっかけにして農家が集まり、鶴岡八幡宮の参道、若宮大路の茶屋の休憩所を借りてレンバイが始まった。その後、場所が変わり、現在の場所に移ったのは1957年である。生産者は3代目、4代目となり、野菜の運搬も牛が引く牛車から、自転車、リヤカー、オート三輪車、トラックへと変わった。

画像
鎌倉の「レンバイ」(筆者撮影)

 野菜、花卉を販売できるのは組合員だけで、今は23軒が4班に分かれ、交替で出店している。販売する時間は農家によっても異なるが、朝8時頃までには販売準備が整い、売り切れるまでの営業で、夕方にはどの店も閉めてしまう。

 休みは1月1日から4日までの4日間だけだから、ほぼ年中無休だ。販売している野菜の種類は農家ごとに違っている。葉物を得意とする農家もあれば、キュウリ、ナス、トマトなどを中心に栽培し、販売する農家もある。

 加藤家は曽祖父の代から出店していて、加藤自身は4代目だ。3代目で83歳の父親、春雄と彼自身が丹精して育てた鎌倉野菜を売っている。

 鎌倉野菜とは主に「生食用、サラダ向けのカラフルな野菜」をいう。東京に近い鎌倉と同市に隣接する横浜市栄区の農家が作った野菜だ。その大半は仲卸を通さずに直接販売もしくは直卸されている。レンバイは直接販売の拠点なのである。

 レンバイと似た仕組みで販売しているのが全国各地にある「道の駅」だ。道の駅でも農家が作った野菜や果物を売っている。しかし、彼らは店に立つわけではない。作ったものを運んできて、委託し、それを販売してもらう。一方、レンバイは生産者が直接、消費者とコミュニケーションしながら売る。消費者が「こんな野菜を食べたい」と言えば、モノによっては作ってくれる。自分たちが作りたい野菜だけを売るのではなく、客が望む、客のための野菜を売っている。

「店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる」(倉本長治 「商業界」主幹)

 これはユニクロ創業者、柳井正の座右の銘だ。レンバイはこの言葉通り、客のためにある店なのである。証拠がある。レンバイに来るのは主に地元、鎌倉に暮らす人たちだが、それだけではない。「客が望んだ野菜を作ってくれる」と耳にした日本料理、イタリア料理、フランス料理などのレストランシェフたちが東京からやってくる。シェフたちはレタス、ラディッシュといった野菜を喜んで買っていくが、それに止まらず、スイスチャード、アイスプラントといった、まだ珍しい野菜を探しにくる。買いに来たついでに「黒キャベツを作ってほしい」などリクエストして帰っていく。加藤たちは種苗会社に問い合わせて苗を買ってきて、新しい野菜にチャレンジする。

 売り場を眺めてわかったことは、加藤の店の野菜陳列は他の農家とはやや違っていることだ。野菜ごとに整頓して並べてあるのはどの農家も同じだが、加藤の店はプライスタグに野菜の名称、食べ方を記している。たとえば「スイスチャード、サラダ、パスタ」「ルッコラ、サラダ」「ムラサキ大根、サラダ、ピクルス」「赤水菜、サラダ」……。消費者は新しい野菜に目が引かれるが、だからと言ってすぐには買わない。食べ方がわからないからだ。加藤は問われれば答えるけれど、その前にひと目でわかるようにプライスタグを活用している。売るにもひと手間かけている。

画像
加藤忠幸さん(筆者撮影)

 また、季節になるとレンバイの農家はタケノコを売る。大半の店は掘ってきた生のタケノコだが、加藤の店では茹でたそれも売っている。消費者から「茹でたものも売ってほしい」とリクエストされたからだ。茹でたタケノコを売るには自宅の台所で調理して出すわけにはいかない。保健所の指導が厳格なため、タケノコを茹でるための専用設備が要る。わざわざ調理設備を整え、小屋を建てなくてはならない。野菜の漬物を販売する場合も同じだ。茹でタケノコや自家製漬物を販売しようとするならば施設整備が必要だ。

画像
※筆者撮影

ビームスで得たビジネス手法

 プライスタグと言い、茹でタケノコの販売と言い、加藤の店はレンバイのなかでもとりわけ顧客志向だ。時代の変化に敏感で、トレンドを捉えながら、消費者の欲しいものを企画開発(野菜の栽培)して、自ら店に立つ。店頭で販売しながら消費者のニーズを直接くみ取る。

 この手法はアパレルビジネスではSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)と称する。SPAとは製造小売り業のこと。企画、製造、流通、小売りまでを一貫して行い、利益を最大化する。ユニクロ、ニトリ、無印良品などが代表例だ。

 事業の規模は小さく、商品は服飾雑貨ではなく鎌倉野菜だ。それでも加藤農園は企画、生産、流通、小売りまでを一貫して行っている。自家所有する畑で生産し、レンバイに販売拠点を確保している農業SPAなのである。

 では、SPAのノウハウはどうやって手中にしたのか。半分は時代環境だ。長年、野菜を作って販売しているうちに、なんとなくSPA的になってしまったのだろう。ただし、残りの半分は違う。加藤が週に5日、出勤して働いているアパレル業を通して手に入れたものだ。

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する