社会

第4回 田中角栄を有罪とした検事は「ぶっ殺せ!」、ソ連崩壊を予言 「暴論」とは一線を画した小室直樹の科学的な極論

2026年7月16日


<span>第4回 田中角栄を有罪とした検事は「ぶっ殺せ!」、ソ連崩壊を予言 「暴論」とは一線を画した小室直樹の科学的な極論</span>
小室直樹

 世の大勢に逆らって叩かれるのは今に始まったことではない。日本中が田中角栄を総攻撃する中、堂々と擁護の論陣を張った男、小室直樹。その主張は決して逆張りの暴論などではなく、常に科学的な思考に基づいていた。
 物江潤氏による「禁じられた教養」、第4回目ではこの稀代の天才の価値を問い直す。(文中敬称略)

在野の天才・小室直樹

 極論には、二種類ある。非科学的な極論と、科学的な極論だ。

 双方ともに騒動を巻き起こすが、後者の場合、しばしば「予言」として成就する。

 まずは、その「予言」の種明かしをする前に、予言の名手であった在野の天才・小室直樹を紹介したい。
 
 1932年、東京に生まれた小室は、ほどなくして福島県会津に移住し18歳までを過ごす。その後、京都大学で数学を学んだのを皮切りに、大阪大学・ミシガン大学・マサチューセッツ工科大学・ハーバード大学と渡り歩き、東京大学で法学博士を取得。経済学・社会学・政治学・法学等々、様々な分野を学びながら論文を量産する。とりわけ「構造機能分析」という、当時社会科学のグランド・セオリー(大理論)になると期待されていた領域においては、日本における第一人者の一人であった。が、あるキッカケにより一般書やマスメディアに活躍の舞台を移していく。

 小室は、人生のすべてを学問に捧げるような生活を送っていた。正統すぎるほど正統な方法論にこだわった。社会科学のグランド・セオリーを確立するという大きな野望のためには、科学の方法論に通暁する必要があったのだ。

 しかし、その正統すぎる方法論と、学問にすべてを捧げるような日々は、時として騒動を巻き起こした。科学的な方法論から見えてくる世界と、世間が見る世界との間には、埋めがたいほどの溝があったのだ。その溝がテレビの生放送という場で可視化されたことがある。小室の学問と生涯を描き切った村上篤直著の労作にして名著『評伝 小室直樹』(上下巻、ミネルヴァ書房)をもとに見てみよう。

 1983年1月26日、テレビ朝日の番組「こんにちは2時」で、事件が起きる。評論家の小沢遼子らとともに生出演した小室は、ロッキード事件において田中角栄は無罪であると声高に主張。前日の大量飲酒の影響もあったのか、その主張は激高の域に達していた。

「田中を起訴した検察官が憎ーいッ!」
「国賊だッ!」
「俺が護民官だったら、検察官を殺してやるッ!」

 小室は両手を振り上げて絶叫していた。
 “殺す”と発声したことで、小室の気持ちはますます高まった。

「あの四人の検事を殺せッ! まとめて殺せッ! ぶっ殺せェーーーーッ!」
「田中に五兆円をやって無罪にしろッ‼」
 そう絶叫した。(中略)

 イタタッ!
 思わず、小沢が声を出した。バタバタさせた小室の足が、隣に座っていた小沢の脚に数回、ガツガツと当たったのだ。意図的に小沢を狙ったわけではなかったが、小沢にとっては、いい迷惑だった。みるとストッキングが破れていた。
 スタッフは仰天した。ディレクターは、とっさにCMに切り替えた。
(村上篤直著『評伝 小室直樹(下):現実はやがて私に追いつくであろう』ミネルヴァ書房、2018年)

 翌日、小室はまたしても別番組の生放送に出演し田中を擁護する。政治家は賄賂を受け取っても構わず、それで国民が豊かになればよいと主張するが、当然のごとく苦情が殺到した。放送事故を起こした人間を、翌日また生放送に出演させるとは、当時のテレビ局は実に鷹揚だった。現在、田中の政治家としての功罪に関しては「功」の面も語られるようになっている。しかし当時、田中は世紀の大悪人という扱いで、擁護はもってのほか、無罪などと公言する人間はほとんどいなかった。

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