社会

経営者が知っておくべきウェルビーイング6つの要素と「健康経営」の歴史【ウェルビーイング探訪記】

2026年7月16日


<span>経営者が知っておくべきウェルビーイング6つの要素と「健康経営」の歴史【ウェルビーイング探訪記】</span>
医学博士・心療内科医・産業医の海原純子氏(右)

英国投資運用機関が、企業は従業員のウェルビーイングのために、どのような施策を採用しているか、世界100社の健康経営を評価している。日本ではトヨタとソニーが対象だ。専門家委員を務める医師が解説する。(聞き手・リポーター 服部恭子)

学問としてのウェルビーイング研究は1990年代にはじまった

服部 心療内科のドクターでいらっしゃる海原先生は、長年、企業のメンタルヘルス対策や中高年の方の心理的ウェルビーイングのカウンセリングを専門とされています。また、詳しくは後でお話しいただきますが、4年前から英国のCCLA(同国最大規模の投資運用機関)によるグローバル企業のメンタルヘルスへの取り組みを評価するベンチマーク(評価基準)作りの専門家委員をされています。最初に、先生はそもそもウェルビーイングとはどういうものだとお考えでしょうか。

海原 ウェルビーイングは、心身の健康についての考え方ですが、日本では健康というとたいてい体の健康と受け止められがちです。そのため、健康経営で取り組むべき健康対策というと、タバコをやめようとかコレステロールを下げよう、血圧を下げようというところにフォーカスされます。どのくらい気持ちよく、生き生きとして働けているかという点には、あまり焦点が当てられてこなかったんですね。そもそもウェルビーイングとは何かという定義がわかっていない方が多かったので、企業でウェルビーイングを目指すと言っても、どうしていいかわからない。とにかく運動しましょうとか、挨拶や掃除をしましょうみたいなことになっているのかなと思うんです。なので、まずはウェルビーイングとは何かということを知っておく必要があります。それで服部さんにお聞きしますが、ウェルビーイングというとどういうイメージを持ちますか?

服部 単純に幸福力とか、幸せ感とか充実感とか、それぐらいしか浮かんできません。

海原 もちろんそういうことなんですが、何かすごく抽象的でわかりにくいじゃないですか。

服部 そうなんですよ。人によってやはり幸福の価値観は違いますし。

海原 学問として、ウェルビーイングの研究が始まったのが1990年代のことでした。それがポジティブサイコロジー医学というもので、米ペンシルベニア大学のセリグマン博士が創始者でした。そしてポジティブサイコロジーの医学会がアメリカで作られまして、その分科会が日本にできました。日本で最初に立ち上げたのが、ペンシルベニア大学医学部への留学を経て、慶応義塾大学教授になられた精神科医の大野裕先生たちのグループでした。その中に私も入っていたので、日本の医学会の理事として活動を続けてきました。

服部 ウェルビーイングはもともと医学界から始まったんですね。

海原 ポジティブサイコロジーという医学です。それまでの精神医学というのは鬱など精神的な病気の人を治す、つまりマイナス部分を治すことに焦点を当ててきましたが、ポジティブサイコロジーというのは、要するに、鬱などのネガティブな部分はひとまず置いておいて、その人のポジティブな感情を増やしていくことによって、ネガティブな部分を減少させていこうという考え方なんです。そこで、まずウェルビーイングとはどんな状態かというと、六つの要素があるとされています。

職場が健康的な場所を提供できているかが問われる

服部 それはどういうものですか。

海原 まず一つは、ポジティブな感情を持つことで、自分を受け入れてOKだと思うこと。2番目に良好な人間関係です。3番目に、自分の人生の方向性や目標など、その人に目指すものがある。それから4番目に、自己成長で、少しずつ進歩して成長している実感がある。5番目にコントロール感覚と言って、思考や行動を自分でコントロールできている。誰かに言われるからやっているのではないということ。6番目に、自分の生活や周りの出来事を自分で管理できている。この六つの要素が達成されると、良い状態になるとされているのですね。

服部 具体的でわかりやすいですね。

海原 これを企業に置き換えてみると、働く人が、やはり自分で納得できる仕事をしていて、周りの人と良いコミュニケーションが取れている。やらされているのではなく、自分でやりたいと思って仕事をしており、自分が少しずつ成長している実感があるかどうかということだと思います。だから、後で説明しますが、CCLAは、職場が健康的な場所を提供できているかどうかを企業の経営陣に問うているんです。

服部 企業がそういう環境を働く人に提供していることが大事ですので、CCLAは評価基準を作ったという経緯なんですね。

海原 ウェルビーイング研究の創始者セリグマン博士はウェルビーイングを達成するには五つのポイントがあるとしています。それがパーマ(PERMA)という理論で、ポジティブな感情(positive emotion)、熱中(engagement)、人間関係(relationship)、意味(meaning)、達成感(achievement)の五つの要素の頭文字をとってPERMAと言っています。前向きに仕事に熱中し、人間関係が充実している中で、やっていることに意味があり、仕事の達成感があるということですね。それは本人だけがいくら頑張っても、周りの環境があまりにもガタガタだと何もうまくいかないから、その辺をちょっと考えていかなければなりません。それで、ウェルビーイングを実現する経営のために、本当の健康経営とは何かというのをいろいろ考えていくわけですが、アメリカの健康経営の歴史はご存じですか。

服部 いいえ、教えていただけますか。

海原 健康経営には、アメリカ的なものとヨーロッパ的なものとがあります。アメリカでは、従業員の健康促進への働きかけはコストではなく投資であるとされています。アメリカには日本のような国民皆保険の制度がないので、医療費にけっこうなお金がかかります。そのため、健康経営というと、企業が優秀な社員に対して負担する医療保険費用の削減や、病気が原因の休職による不利益を防ぐという経営上の利益追求の比重が大きい。健康促進と病気の予防に1㌦使うと3・8㌦のリターンがあるという考え方で、禁煙の働きかけやメタボ対策に投資する効果は大きいとされています。しかも、運動しましょうと薦めれば、フィットネス業界が儲かるでしょ。だからもうウィンウィンだねということで始まったのがアメリカの健康経営です。どちらかといえば、社員のためというよりは儲けようという発想ですね。

服部 いかにもアメリカ的ですね。

海原 これに対してヨーロッパの健康経営は、投資家目線を重要視するステークホルダー主義です。企業が、環境や地域社会に貢献しているか、従業員だけでなく顧客、取引先を含めた視点でサステナビリティを考え、企業ガバナンスを構築しているか。未来に向けて投資するに値する企業かどうかを投資家に示すのが健康経営ととらえられています。結果として、従業員が気持ちよく、長く働き続けられる企業であるかという点が重視されているんですね。私はヨーロッパ型の方が長続きすると思います。では日本はどうかと言えば、労働安全衛生法をもとにした対策といえます。例えば禁煙達成率を上げる対策やメタボ対策などが盛んですね。

服部 ヨーロッパの場合は、すぐに結果が表れるとか、すぐに得をするという発想ではないんですね。

海原 長続きすることで企業の社会的信用が高まります。それがヨーロッパの企業経営のベースになっているんですね。

27の項目にスコアを割り当て点数化

服部 そこからどうしてCCLAの取り組みが始まったのでしょうか。

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