政治

「自助」と「不介入」の時代に問われる日本の針路

2021年11月8日

カブール陥落に行き着いた介入主義は、9.11からアフガニスタン戦争、イラク戦争へと向かう過程では善意や人道性への期待に基づいてもいた。これから始まる時代には、これらの美徳はかつての輝きを失って、国際社会に自国中心主義やシニシズム、ポピュリズムへの誘惑が増して行くのは避けられない。いま、日本という国家の主体性が問われている。

 2021年8月15日のアフガニスタンの首都、カブールの陥落は大きな驚きと恐怖の念をもって、世界に受け止められた。一部の専門家の間では、同年春頃からアシュラフ・ガニ大統領が率いるアフガニスタン・イスラム共和国が危機にあることが伝えられ、欧州諸国の一部は米軍撤退の可能性を見据えて自国の外交官や派兵した部隊をどのように撤退させるべきかを、水面下で検討していた。

 日本の場合は、アフガニスタンの平和構築や治安維持のために自衛隊を派兵していたわけではなかった。一般的に言えば、文民の外交官は治安の悪化した任国では自己防衛をするための手段が備わっていないので、安全な首都、あるいは厳重な警備と防護柵を備えた大使館からほとんど動けない。駐アフガニスタンの日本大使館も同様だと聞いた。他方、治安維持のためにより広い範囲で行動する武装した兵士たちは、現地の警察や軍隊との情報交換などからも、より広範なインテリジェンス情報に接する。平和国家の代償として、日本は対外インテリジェンス情報の収集において、欧州諸国や、オーストラリア、カナダ、韓国などと比べても、大きく劣る場合が多いのは、それ故である。

 ともあれ、このカブール陥落と、その後の米軍のそこからの撤退は、大きく歴史が動いた象徴として語られることになるだろう。だとすれば、これからの時代が、それまでとどのように変わっていくのかを想定することは無意味ではないであろう。

サイゴン陥落からカブール陥落まで

 はたして、このカブール陥落は、歴史の中でどのように記憶されることになるのだろうか。本来、アメリカのジョー・バイデン大統領は、2001年9月の同時多発テロからちょうど20周年となる今年の9月11日までに米軍をアフガニスタンから撤退させて、この間のアメリカのアフガニスタン関与に一定の成果を誇示する、政治劇を披露したかったはずだ。だが現実には、これ以上のアメリカの財政的および軍事的負担を軽減すると同時に、死傷者を出させないためにも、アメリカ政府内外からの強い反対を押し切って、バイデン個人の政治信条をもとに決断したものでもあった。……

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