米国防省が2022年10月に公表した国家防衛戦略(2022NDS)は、中国を「米国に対する最も包括的かつ深刻な課題」、ロシアを「急迫した脅威」と位置付けて防衛上の対処の優先事項とした。これらの主要な脅威認識の陰で、あまり注目されなかったのが、その他の脅威についての言及である。2022NDSは、優先事項である中露への対処に取り組む過程で、北朝鮮、イラン、暴力的過激派組織といったその他の継続的脅威に対しては、警戒を続けつつも、「想定されるリスク(measured risk)を甘受する」と明言した。
10月7日に発生したハマスのイスラエルに対する攻撃とその後の展開を踏まえれば、この2022NDSの文言は示唆的である。1年前の段階で、米国は、中露への対処を優先する中で、中東への関与やテロとの戦いに米国はこれまでどおりには資源を投入しないという姿勢を明確にしていたからだ。戦略文書の役割が優先事項の提示であることを踏まえれば、「優先しない事項」を明確にすることは重要である。
問題はその戦略の履行である。今般のハマスによるイスラエル攻撃を受けた中東情勢の流動化に際して、米国が1年前に表明した優先順位に基づき行動しているようには思えないからだ。米国政府は、イスラエルに対してアイアン・ドーム防空システムの迎撃体や誘導爆弾等の供与を表明するとともに、議会に対し約1059億ドル(約16兆円)に及ぶイスラエル、ウクライナ等支援を目的とした安全保障援助パッケージ予算(うちイスラエル支援関連は約143億ドル=約2兆円)を要求した。また、2つの空母打撃群を東地中海に派遣するとともに、F-35、F-15、F-16、A-10戦闘機部隊やTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)、追加のパトリオット地対空ミサイルを中東地域に展開することとしている。
米国の現有空母11隻中の2隻を中東対応に充てていることや、軍事援助パッケージのうち台湾などインド太平洋等向け支援がイスラエル向けの2分の1であることを踏まえると、バイデン政権は、2022NDSで表明した優先順位どおりには対応していないのかもしれないという疑念が浮かび上がってくる。米国はなぜ中東に空母打撃群等の大規模部隊を展開しているのか。そして、それらは抑止力として機能するのか。本稿では、抑止のための平素からの軍事活動に内在するジレンマに焦点を当ててこれらの疑問への答えを探ってみたい。……