政治

フーシー派の現在地:「事実上の国家」の実態

2026年4月23日


<span>フーシー派の現在地:「事実上の国家」の実態</span>

イラン戦争での戦闘参加を宣言したフーシー派の実態を、「親イラン武装組織」という表現だけでイメージするのは難しい。イエメン国内では国際承認政府と11年近い内戦を続けているが、人口の約7割が同派支配地域に住み、独自の行政サービスを提供し、強力な軍隊を保持する姿は「事実上の国家」とも称される。治安維持には監視カメラや先端的な指揮統制センターを用いる現代性も備えている。紅海での海上輸送を脅かすフーシー派の“内なる顔”はどのようなものか。

 

 拙稿『フーシー派はどこまで「代理勢力」か』(4月16日付)では、フーシー派とイランの関係や、同派が持つ軍事オプションについて取り上げた。その中でも述べた通り、フーシー派は近年イランや反西側ネットワーク「抵抗の枢軸」との結びつきを深めており、ガザ紛争以降は軍事介入を行ってきた。

 こうした同派の対外的な軍事行動は広く注目を集めている一方、同派がイエメン国内の内戦を戦うアクターであり、「事実上の国家」と称される統治を実施してきた点は捨象されがちである。そのため、本稿はフーシー派そのものに焦点を当て、思想・軍事・経済・国内治安の4つの視点から、同派の現在地を模索したい。

思想:ザイド派復興主義と反西側主義の二面性

 フーシー派の政治思想については、しばしばザイド派復興主義と反西側主義の二面性が指摘されてきた。ザイド派はイエメン北部のローカルな宗派であり、「最もスンナ派に近いシーア派」とも呼ばれる通り、シーア派の一派であるもののイラン等他地域で信奉される12イマーム派とは思想的な距離感がある。9世紀にイエメンに伝播したザイド派は、1962年に共和制革命が勃発するまで北部諸王朝に信奉されてきた。

 共和制革命は、預言者一族の末裔(サイイド)や、法務者(カーディー)などのザイド派エリート層の没落を招いた。両者はイエメンの社会階層において最上位と次点に位置付けられ、その没落に伴って台頭したのが3番目の上位階層である部族(カビーラ)であった。既得権益を剥奪されたザイド派エリート層は、1970年代からザイド派復興にかかる活動を開始したとみられ、その先鞭をつけたのがサイイドの家系であるフーシー一族であった。フーシー一族は、共和国政府と結びついたサウディアラビアが、ザイド派の要地サアダ県に(スンナ派の)ワッハーブ主義の流入を進めたことを批判した。今日のフーシー派とサウディアラビアの対立は軍事的側面が目立つが、その淵源は思想ないし宗派に見出すことができる。……

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