政治家の回顧録に避けられないのは、自己正当化であり、美化である。このことはいくら強調しても強調しすぎることはない。その一方、自らの内心を吐露しようとするがゆえに、否応なくその人間の本質が現れてくるものである。『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)も同様だ。この書でくっきりと見えてくるのは、稀代の「戦略的リアリスト」たる安倍晋三の姿である。回顧録で語られたいくつものエピソードからそれを再現してみよう。
国連での演説を解散の布石に
2017年9月25日、安倍首相(肩書は当時、以下同)は記者会見し、衆院の解散を表明した。自ら「国難突破解散」と命名し、2019年の消費増税時の使途変更を掲げ、全世代型社会保障の財源にすると公約した。加えて北朝鮮の脅威も乗り越えていくための解散であることを強調した。回顧録のためのインタビューで私は、北朝鮮情勢が緊迫しているというなら、解散などしている場合ではない。解散で政治の空白が生まれるのだから、北朝鮮の脅威を解散理由とすることには違和感があると率直に質した。これに対し、安倍さんはこう答えた。
増税時の使途変更は、解散の大義名分としてはいいでしょう。北朝鮮情勢に関しては、解散の大義にならないという批判が出ることは予想していましたが、そこは迫力で押し返せばいいと思いました。ただ、その前に国連安全保障理事会で非難声明を発出し、制裁の完全履行を加盟国に求めたわけですね。しばらくは北朝鮮が行動を抑制せざるを得ない環境はつくったのです。(p.270)
この安保理での非難声明については、安倍さんの外交演説のスピーチライターだった谷口智彦さん(慶應義塾大学教授)が、雑誌『中央公論』(2023年4月号)で印象深いシーンとして挙げ、その理由をこう述べている。……