経済格差を生み出す「知能の格差」
「ハーバード白熱教室」で知られる哲学者のマイケル・サンデルと、『21世紀の資本』が世界的なベストセラーになった経済学者のトマ・ピケティという、現代を代表する2人の知識人が語り合った一冊が『平等について、いま話したいこと』(岡本麻左子訳/早川書房)だが、この対談を読んだ読者は困惑するのではないだろうか。たしかに格差の拡大や不平等が問題であることは十分に語られているが、なにが格差を生み出したかについてはほとんど触れられていないのだ。
「能力主義(メリトクラシー)」の章でサンデルは、「機会さえ平等なら勝利に値する」というメリトクラシーの原則を批判する。そもそも機会は真に平等に開かれているわけではなく、「貧しい親のもとに生まれた子供は、大人になっても貧しいままであることが多い」からだ。
これは日本でもよく指摘されるが、驚くのはアイビーリーグの大学が気前のいい奨学金を用意していることだ。世帯の年収が10万ドル以下の家庭出身の学生は、授業料も寮費も食費も書籍代もいっさいかからないという。アメリカでは世帯年収1500万円は、子どもを私立大学に通わせることのできない「貧困層」なのだ。
それにもかかわらず、アイビーリーグの大学には家庭の所得が上位1%の学生が、下位50%の学生よりも多い。その背景には、アメリカの私立大学に特有の(多額の寄付をした卒業生の子弟を優先する)レガシー枠や、SES(社会経済的地位)における進学率のちがいなど複雑な要因があるだろうが、サンデルはさらに、メリトクラシーには「共通善を蝕むという暗部(ダークサイド)」という、より大きな問題があると語る。
アメリカではこれまで中道左派(オバマやクリントン)も中道右派(ブッシュ親子)も、主流派政治家たちは国民に対して「グローバル経済で競って勝ちたいなら大学へ行くべきだ。学べば学んだだけ稼げる。やればできる」というメッセージを送ってきた。だがこれでは、経済的苦境は「やらなかった」者の自己責任になってしまう。こうして、学位をもたない白人労働者階級の怒りがトランプを大統領の座につかせ、ヨーロッパでポピュリズム政党が躍進する背景になっている。
これらの指摘は重要だが、奇妙なのは、2人とも格差を生み出すもっとも大きな原因に触れるのを慎重に避けているように見えることだ。それが「知能の分布のばらつき」で、知識社会における経済格差とは「知能の格差」の別の名前なのだ。