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本当は怖い正義の味方
一昔前の物語に登場するヒーローは、いとも簡単に暴力を振るう。事件を解決するためなら、パンチやキックはもちろん、武器の使用を厭(いと)わない。
現代日本の刑法を適用するなら、多くのヒーローは暴行や傷害などの罪に問われる可能性がある。いくら強大な敵を倒すためとはいえ、自衛隊や警察と違って、他者への攻撃が法的に認められてはいないからだ。
多くの正義の味方は「犯罪者」ということになる。ではなぜ物語の中で、正義の味方は喝采(かっさい)を浴びるのか。それは、「犯罪者」に頼らなくてはいけないほど、その世界が荒廃しているからだろう。
『アンパンマン』の世界で、きちんと法律が機能している様子はない。だから犯罪に当たる行為が起きたら、逮捕、取り調べ、裁判などの手順をすっ飛ばして、アンパンチなどの暴力手段で事件を解決したことにする。
『名探偵コナン』の世界には、警察もあるし、きちんと法律も運用されていそうだ。だが舞台となる米花町(べいかちょう)は、極めて殺人発生件数の高い修羅(しゅら)の街である。それゆえコナン君たち民間人が、銃刀法違反や道路交通法違反に当たる行為をしても、違和感がないのだろう。探偵に依存する警察というのは冷静に考えるとかなりまずい。
ヒーローの活躍する社会というのは、日本の中世に近いのかも知れない。当時の中央政府は力が弱く、人々は自力救済に頼るしかなかった。殺人が起こっても、当事者の訴えがなければ、刑事事件として処理されない時代だった。
幸いなことに、我々が生きる現代日本は、私刑と暴力に頼らずに済む社会だ。完璧ではないものの、法律は機能していて、事件に巻き込まれた場合、警察や弁護士に相談するところから始めればいい。もしも法律に不備があると考えるなら、政治家に訴えたり、メディアを巻き込んで社会運動を起こすなど、いくつかの平和的手段がある。
注意したいのは、現実世界において「正義」と「悪」は、それほど簡単には区別がつかないことだ。悪政を敷く独裁者でさえ、急にいなくなれば混乱が起こる。世界を救うかに見えた薬に、後から思わぬ副作用が発覚したこともある。
「正義」の暴走は、時として甚大な被害をもたらす。たとえば20世紀半ばに起こったアジア太平洋戦争では、「聖戦」や「大義」という名のもとで、日本だけで300万を越える人命が失われた。同じ過ちを繰り返さないためには、同時代にどれほど素晴らしく見える正しさも、絶対視するべきではない。
特に、熱く正義を語る人の横顔に、好戦的な表情が覗いた時には注意したい。多くの「正義の味方」が、敵を倒すために暴力の行使を辞さないように、正義と狂気は容易く結びつくものだ。
犯罪者を崇める心理
さすがに現代の「正義の味方」は、暴力を振るうことは少ないものの、時に軽々しく他人の口を塞いだり、社会から追放しようとしたりする。
近年ではキャンセルカルチャーといって、著名人の言動を告発して、社会の表舞台から消し去ろうとする社会運動が盛んだ。また街角のポスターや、企業や自治体のCMなども「ハラスメント」だといった理由で糾弾の対象となる。
もちろん、議論は大いにされるべきだ。だがその目標が、誰かの排除となった場合は恐ろしいことになる。まるで物語の中のように、「犯罪者」が「正義の味方」として崇められる事態まで起こる。
映画監督の森達也さんは死刑反対論者として有名だ。アムネスティに寄せたメッセージでは、「悪い奴は消してしまえという因果応報の感覚」に警鐘を鳴らしていた。
だが安倍晋三元首相の銃撃事件をテーマにした映画の公開イベントで、以下のようなやり取りがあった。
司会者から「『僕は死刑は反対だけど安倍だけは死刑になってもいいと思っていた』と言っていた森達也さん」と紹介された際に、何ら否定しなかったのだ。本来の森さんの発想からすれば、どれほど安倍元首相が「悪い奴」に見えていたとしても、「死刑」によって社会から消してしまうのは大反対のはずだ。
しかも、法的な手続きを経た刑罰ではなく、私人による銃撃で誰かが殺されるなど、もってのほかではなかったのか。
森さんの映画には、単純に善悪を判断せずに、丁寧に対象を追った作品が多い。そんな森さんでさえ、自分の意に沿わない人間は消えても構わないと思う瞬間があるようだ。
ちなみに同イベントで、漫画家の石坂啓さんは、銃撃事件の第一報をテレビで観た際に、「うちでは『でかした』と言ったんですね。私と夫は『山上様』と言ってます」と発言している。
一方で、社会制度の枠組み内で「正義」が暴走することもある。
人質司法といって、日本では逮捕・勾留された被疑者が、警察や検察のシナリオ通りの自白をするまで、釈放されない場合がある。郵便不正事件で無実の罪を着せられた厚生労働省局長(当時)の村木厚子さんは、大阪拘置所に164日もの間、拘束された。村木さんは裁判で無罪を勝ち取ったが、早期に釈放されるために身に覚えのない罪を認めてしまう人もいるだろう。この人質司法は冤罪(えんざい)の温床になるとして、国際的にも批判の対象になっている。だが警察や検察は、「正義」を実現するために、必要な制度だと信じているのだろう。
だが実は「正義の味方」ほど、歪んで世界を理解している可能性がある。