医療・ウェルネス

結局、検証不在の作文だけ? 「当たり前」しか見当たらない「感染症危機管理庁」

2022年6月20日

霞が関の論理では、新型コロナ対策は「うまく乗り切った」で済まされかねない状況だ。有識者会議の報告書には経緯の検証要素が見当たらず、岸田首相の唐突な「感染症危機管理庁」設置表明はそもそもこの議論を踏まえてもいない。一連の動きが参院選向けパフォーマンスでないと言うなら、選挙後に「感染症危機管理庁」が強い権限を持つ形の法案を作るべきだ。

「次のパンデミックでは今度は子どもがバタバタ死ぬでしょう。そうなれば国は滅びますね」

 感染症の専門家はそう不気味な警告をする。今回の新型コロナウイルス感染症は高齢者の死亡率が圧倒的に高かったが、歴史的に見ると、子どもの死亡率が高い感染症が幾度も人類を襲ってきた。最大の脅威だった天然痘は根絶されたが、世界で広がりを見せる「サル痘」や、原因不明の子どもの急性肝炎など、専門家の警告を大袈裟だと一笑に付すことができない不気味さを感じる。

 では、われわれには何ができるのか。

 パンデミックが襲ってきた場合の様々な事態を想定し、危機に備えて準備をしておく他はない。日本人にありがちな「想定外」で何百万人もの死者を出すわけにはいかないのだ。そのためには、今回の新型コロナへの対応の「不備」を検証して、率直に反省し、同じ過ちを犯さないための体制の立て直しを本気で考え、実行しておく必要がある。ところが、である。……

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