政治

11年に及ぶソ連での抑留中に「謎の死」を遂げた近衞文麿の長男

2026年5月2日


<span>11年に及ぶソ連での抑留中に「謎の死」を遂げた近衞文麿の長男</span>
近衞文麿の長男・文隆と妻で貞明皇后の姪・大谷正子(1944年、ハルビンでの結婚式で)

 先の大戦から80年を経てもなお消えない喪失感――。曾祖父が戦争指導者だった家に生まれた近衞忠大(ただひろ)氏(55)は、一族が抱える複雑な思いを感じながら生きてきた。過去に目を背けず語り継ぐ。その覚悟を持った「近衞家の末裔」が、数奇な人生を歩んだ祖父の足跡をたどる。

※本稿は「週刊新潮」2025年8月28日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。

近衞文麿の自決から11年後に「謎の死」を遂げた長男

〈あの戦争の時代、多くの人々が肉親を亡くす悲劇に見舞われました。近衞家でも文麿が54歳、長男・文隆も41歳という若さで亡くなり、短期間で2代の当主を続けて失います。それが遺族にとっては、埋めがたい喪失感となっていました。

 私の曾祖父・文麿は、GHQ(連合国軍総司令部)から戦犯指名を受け、出頭を命じられた最終期限日の未明に、自ら命を絶ちます。さらに私の祖父にあたる文隆も、戦後一度も祖国の土を踏まずロシアの地で果てました。

 祖父の生涯は、浅利慶太氏による劇団四季のミュージカル『異国の丘』のモデルとなり、国内外で出版された書籍の題材にもなりました。文隆の身に何が起こったのか。私は子供の頃から、両親や親族が多くを語りたがらない空気を感じていましたが、祖父は気になる存在でした。〉……

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