カルチャー

「久米宏」が貫いたアナウンサーの“矜持”と「反戦」

2026年5月2日


<span>「久米宏」が貫いたアナウンサーの“矜持”と「反戦」</span>
「ニュースステーション」降板会見を行う久米宏さん(2003年)

〈大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました〉。夫人のコメントに触れて、ほとんどの方はあの番組の最終回を思い出したにちがいない。1月1日に肺がんで亡くなった久米宏(享年81)は、いかなる情熱と方法でニュース番組の常識を塗り替えたのか。

※本稿は「週刊新潮」2026月1月29日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。

久米が思い描いていた「Nステ像」

「誰かにビールの準備はさせたのでしょうが、ほとんどのスタッフは事前に何も知らされていなかったと思います」

 そう振り返るのは「テレビ朝日映像」社長の若林邦彦氏。『ニュースステーション』の元プロデューサーである。

 2004年3月26日、同番組最終回の終盤で、久米はみずからグラスにビールを注ぎ、“僕のご褒美”と一息に飲み干した。彼の真骨頂ともいうべき、意表をつく演出だった。……

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