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「推し」でも「アンチ」でもない生き方は可能か? 文芸評論の双璧「江藤淳と加藤典洋」に学ぶ

2026年5月12日


<span>「推し」でも「アンチ」でもない生き方は可能か? 文芸評論の双璧「江藤淳と加藤典洋」に学ぶ</span>

戦後昭和と平成のそれぞれを代表する、文芸評論家だった江藤と加藤。1999年、66歳にして自死した江藤淳は没後25年にあたる昨年、復刊や関連書の発売が相次いだ。また、戦後50年にあたる1995年に『敗戦後論』で大論争を呼び、令和にはいって最初の月(2019年5月)に病没した加藤典洋の不在を惜しむ声もまた、戦後80年目の今年に入って絶えない。

『成熟と喪失』『閉された言語空間』などで、戦後日本の現実に抱く違和感のゆえんを探り続けた江藤。『アメリカの影』での鮮烈な江藤批判でデビューし、本人とのたった一度の共演は喧嘩別れに終わりながらも、やがてその歩みを受け継ごうとした加藤。

これまででは「あり得ないこと」ばかりが続く世界で、社会や人間が根本的に壊れてしまったと感じ、現状を全否定する欲求が噴き出す現在。この人しか信じないと「推し」の言うことを鵜呑みにするか、相手がなにをやっても貶し続ける「アンチ」になるか。

両極化が進む分断の時代をケアし、乗り越えるヒントを、江藤と加藤が遺した批評は教えてくれる。今年5月に『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』(文藝春秋)を上梓した評論家の與那覇潤氏に話を聞いた。

トピックス
・文芸批評こそが「分断を乗り越える」方法である
・昭和天皇を「推す」ことで、生き延びようとした江藤淳
・「アンチ」との論争を克服し、成熟した加藤典洋
・戦後80年、彼らからなにを受け継ぎ、なにを忘れるべきか
ほか

 

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