※本稿は「週刊新潮」2026年3月12日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。
「キーエンスをお手本にすれば、日本企業はもっと成長できる」
2月20日、施政方針演説に臨んだ高市首相は、国内外からの投資を呼び込み、世界と戦える企業の育成を目指す、とした上で、
「とにかく成長のスイッチを押して、押して、押して、押して、押しまくってまいります」
と意気込んで見せた。
しかし、いくら国の強力なバックアップがあろうと、トヨタや伊藤忠のような世界的企業を一から育成するのが容易ではないことは言うまでもない。しかも、両社のブランド力や、圧倒的な「稼ぐ力」は長い時間をかけて醸成されたものであり、簡単には真似できない。世界で戦いつつ成長を続け、明日からでも他社が真似できるような、「稼ぐメソッド」を持つ企業はないのか。
その候補となる条件を十分に備えているのが、キーエンスという会社だ。
広報やPRに積極的な会社ではないのでご存じない方もいるかもしれないが、2月27日時点の時価総額は国内16位の約16兆円。2025年3月期の決算では、同社として初めて売上高1兆円を突破し、営業利益率は実に51.9%を誇る。さらに、社員の平均年収は2000万円を超えており、日本の上場企業の中でもトップクラスである。
そんな超のつく優良企業を一代で築き上げたのは、滝崎武光名誉会長(80)。2024年の「フォーブス」の長者番付によると、滝崎氏の保有資産額は約216億ドルで、国内3位。ちなみに1位はユニクロを運営するファーストリテイリングの会長兼社長の柳井正氏、2位はソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏である。
キーエンスは、FA(ファクトリー・オートメーション)と呼ばれる、工場の自動化に欠かせない制御機器などを開発、販売しており、海外売上比率は6割を超える。企業を顧客とする、いわゆる「B2B」企業であることも、一般にはいまいちキーエンスの名が浸透していない理由かもしれない。
しかし、書店のビジネス書コーナーには、キーエンスに関する書籍が何冊も並び、カバーや帯には「最強」「高付加価値」「超・生産性」といった文字が躍る。その中の一冊、『キーエンス解剖 最強企業のメカニズム』(西岡杏著、日経ビジネス人文庫)にはこんな記述がある。
〈キーエンスをお手本にすれば、日本企業はもっと成長できるのではないか〉
〈キーエンスは、属人的な才能に頼っているのではない。人が成長し、成果を出すための仕組みをつくり、その仕組みの中で社員たちが徹底的にやり切るという組織の強さで類を見ない高収益を実現している。これをまねすれば、他の企業だって利益を大きく増やせる〉
つまり、キーエンスの「稼ぐメソッド」は、他企業でも再現性のあるもの、と捉えられているのだ。だからこそこれだけの本が出版され、様々な角度から「分析」「解剖」されているのではないか。
その一方、これまで、キーエンスという企業に批判的な声がなかったわけではない。特に、その「働き方」は主に雑誌などで否定的に取り上げられることも多かった。徹底的に合理化・効率化を求められるその労働環境は、「30代で家が建ち、40代で墓が建つ」と揶揄されることもある。つまり、昨今、ことに重要視される「ウェルビーイング」に反しているのではないか、と見られているのだ。
光と影、正と負の両面を指摘されてきたキーエンスの実像とはいかなるものなのか。複数の専門家や元社員の証言を丁寧に重ね合わせることにより、これまでにない「分析」「解剖」を試みたい。
創業者がビジネスを始めたきっかけは高校時代の学生運動
『キーエンス 高付加価値経営の論理』(日経BP、日本経済新聞出版)の著者で大阪大学名誉教授、同志社大学大学院ビジネス研究科特別客員教授の延岡健太郎氏が言う。
「私は長年、キーエンスの研究を続けてきましたが、この会社の企業構造には弱点が見当たりません。40%を超える営業利益率を25年以上にわたって達成し続けている企業は世界的にも極めて稀です」
あのリーマンショックの時、キーエンスは売上高こそ減らしたものの、営業利益率は41%を維持した。
「生産財企業(B2B)の役割は、付加価値を創出し、顧客企業に経済価値をもたらすこと。リーマンショックのような時には、普通は売り上げがガタ落ちするが、キーエンスは、顧客企業の利益が増える提案をするので、不景気だからこそ業績を立て直したい企業が購入してくれる場合も多い。まさに生産財企業のあるべき姿を体現している、と言ってよいでしょう」(同)
創業者である滝崎氏は以前、雑誌でこう話している。
〈消費財はデザインなど個人の嗜好に左右されるため、狙いを定めにくい。生産財はお客様の生産性を上げることに狙いを絞り込めばいい。機能や性能に対し価格が安いか高いかで評価されるため、商売がやりやすいんです〉(「日経ビジネス」2003年10月27日号)
滝崎氏がキーエンスの前身となるリード電機を創業したのは1974年。設立後から増収増益を続け、1989年に東証2部、1090年には東証1部上場を果たした。それから現在まで、ほぼ右肩上がりに成長を続けている。そんな成功物語の主人公たる滝崎氏がビジネスの世界に足を踏み入れたきっかけは、意外にも、尼崎工業高校時代に体験した学生運動だったという。滝崎氏はこう語っている。
〈自治会の会長もやるなど活発な活動家の一人でした。それが挫折したのは、政治もそうですが、学生運動も文科系出身の連中が多く、科学的・論理的な裏付けをしないで行動することを知ったことです。要するに、好きか嫌いか、で決まるものですから、私はそういうあいまいさを排除した世界に生きようと思い、実績を数字で示せる事業家をめざしたのです〉(「will」1991年8月号)
「科学的・論理的な裏付け」「あいまいさを排除」「実績を数字で」︱こうした考え方は、今も社内に息づいている。特に、日本企業にありがちな「周りがやっているからウチも」といった、あいまいな意思決定はキーエンスの文化にはない。世の潮流から離れ、孤高を貫いているようにも見える同社は、我が国の経済界にとって「異質な存在」と言えるかもしれない。
「粗利率8割」の商品が売れ続ける背景
例えば、いまや優良な上場企業の間では「出しているのが当たり前」とされている「統合報告書」を同社は出していない。また、他社がこぞって取り組む「働き方改革」や「女性活躍」についても、決して積極的な姿勢は見られない。
「キーエンスが時代に逆行しているのではなく、私としては、時代のほうがおかしな方向に行っているのだと思います」
そう語るのは、キーエンスOBで「コンセプト・シナジー」代表取締役の高杉康成氏である。