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「変節漢」か「MAGAの継承者」か――ポスト・トランプ大本命「J・D・ヴァンス」が襲う“政治的空白地帯”

2026年6月1日


<span>「変節漢」か「MAGAの継承者」か――ポスト・トランプ大本命「J・D・ヴァンス」が襲う“政治的空白地帯”</span>
JDバンス米副大統領=2026年5月28日 (C)Matt Rourke/Pool via REUTERS]

「ポスト・トランプ」の本命とみなされている米副大統領のJ・D・ヴァンス氏(41)。中西部オハイオ州の貧困家庭に生まれながら、イェール大ロースクールを卒業し、VCで投資家を務めた異色の人物だ。自らの生い立ちを赤裸々に綴った『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(2016年)はベストセラーになり、多くの知識人を惹きつけた。当時、ヴァンス氏はトランプ大統領を「大衆にとってのオピオイド(鎮痛剤)」と批判していたが、2022年には共和党から上院議員に立候補し、そのトランプ大統領に乞われ副大統領にまで上り詰めた。ヴァンス氏の「変節」の意味とは何か。MAGA運動の後継者として見られているのか。アメリカの保守系シンクタンクで現政権にも影響を与えているクレアモント研究所のシニア・アドバイザーであるアンドリュー・ベックへの取材をもとにヴァンス氏の正体を解き明かす。(文中敬称略)

トランプ現象は「鎮痛剤」だと批判していた過去

 母親は薬物中毒、父親役は何度も変わり、祖母は近隣トラブルに銃を持ち出して威嚇したという逸話がある。海兵隊で厳しい訓練に耐え、アメリカのエスタブリッシュメントの象徴であるイェール大ロースクールを卒業し、ベストセラー作家へ。

 ベンチャーキャピタルで投資家になり、ピーター・ティールの後ろ盾を得たかと思えば、かつてあれほど批判していたトランプ大統領を支持し、共和党から立候補し上院議員に。現在はトランプの右腕として副大統領におさまり、激変する世界の舵取りを任される──。

 極端な貧困から権力の中枢に駆け上がるまでの40年間を見通してみると、これほど多面的な人物がいるだろうかと驚かされる。

 ヴァンスはかつてのトランプ批判を過去に葬り去り、同氏に積極的に近づいたことで、左派からは「変節漢」と批判されがちだ。実際、2016年、プア・ホワイト出身のベストセラー作家として名をあげはじめていた頃のヴァンスがMAGA運動を「大衆にとってのオピオイド(鎮痛剤)」と痛罵した記事がある。以下のような論旨だ。

「Make America Great Againというスローガンは、アメリカ人の苦痛を一時的に和らげる鎮痛剤にすぎない。確かに、私の出身地のように工場がなくなったことで経済的には苦境に陥り、信仰が揺らいだことで家族は崩壊し、現実から逃れるために薬物に手を出す人たちが後を絶たないのは事実だ。だが、苦痛の原因を多国籍企業や麻薬カルテルだけに向けたところで、本来の解決からは程遠い。こうした地域に住む一人ひとりが真摯な自己反省を繰り返し、清算に向けた努力を粘り強くやっていくしかない」※Opioid of the Masses /The Atlantic誌、2016年7月4日

 マッチョで、ストイックな省察である。持たざるものたちのエリート批判は「鎮痛剤」に過ぎないと知っていた彼は、なぜトランプに接近していったのか。 上院議員時代のヴァンス──本格的にMAGA運動に接近した頃──を知る、クレアモント研究所のアンドリュー・ベックは「ヴァンスは、自らが育った土地(※)・人々を見捨てなかったのだろう」と指摘する。

(※)オハイオ州を含めた『ラストベルト』(注:かつて自動車や鉄鋼で栄えたエリア。アメリカ東部から中西部にまたがる)は第一次トランプ政権の支持母体になった。

「私自身が観察してきたこととして言えるのは、アメリカの田舎で育った白人がニューヨークやカリフォルニアのエリートに受け入れられると『地元を嫌いになる』という現象が存在する、ということだ。プア・ホワイトだらけの故郷は貧しくて、汚れていて、人々は無教養。『俺は頑張ってあんなところから抜け出したんだ。絶対に戻るもんか』という意識を強く持ち、その嫌悪をエリート仲間たちとも共有する。結果、エリートの間で『都市部以外のエリートでないアメリカ人を見下す』という歪(いびつ)な連帯感が形成される」

 だがヴァンスは『ヒルビリー・エレジー』でも、ミドルタウンに住む人たちを全否定しなかった(同書を読めば、ほとんど同地域に住む人たちへのエールで構成されていることがわかる)し、2022年の上院議員選挙においては、地元から出馬した。

「結局、彼はエリートの仲間入りをしても、自らの出自を捨てられなかったのだろう。『ヒルビリー・エレジー』においては、ミドルタウンの人々を単に被害者として描くのではなく『一生懸命働けば、悪い状況を変えられる。生まれや育ちは関係ない』という信念を確認したかったのだ、と私は捉えている。ある意味で、彼は一貫している。政治家になったのは、『努力が報われる』という信念を言葉にするだけでなく、その信念を広くアメリカに浸透させるべく行動に移すべきだ、という動機があったのだろう」(ベック)

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インタビューに応じるベック氏

ヴァンスが嫌った「肥大するDEI」

 25年2月には、ウクライナのゼレンスキー大統領に対し、アメリカの援助を「感謝」すべきと断じる発言もあった。その背景には、強烈な「努力信仰」があるということか。

 そうだとしても、何もかつて自身が批判したトランプ陣営から出馬しなくてもよかったはずだ。

 ベックは、ヴァンス氏がMAGA陣営を選択した背景に、バイデン政権下で急速に進んだ権利意識の肥大化があると分析する。

「ジャーナリストのクリストファー・コールドウェル氏に『The Age of Entitlement: America Since the Sixties(権利の時代: 60年代以降のアメリカ)』(未邦訳)という著作がある。同書で指摘されているように、60年代に始まった公民権運動が行き過ぎ、行政官や規制当局者、弁護士が力を持つようになった。善意で始まった平等を担保するための法律が、その運用において逆差別と既得権を生み、法律の運用に直接関わる選挙で選ばれていない関係者(官僚や法律家)の権力だけが拡大し、多くの国民が置き去りにされるケースが増えてきたのだ。バイデン政権下ではこの行き過ぎが顕著で、たとえばDEI(Diversity Equity Inclusion:多様性、公平性、包摂性)政策では、採用や入試といった場面で純粋な能力面の評価よりも、人種・性別などの属性が重視された。これらの政策はヴァンスが重要視する『自助努力』『成功への意欲』といった価値観と相反する。無論、MAGA運動もこれに反対してきた」

 ヴァンスの能力主義と努力への信頼は『ヒルビリー・エレジー』にも見られるとベックは説く。母親と新たな彼氏の生活が破綻し、祖母の家に移り住んだ高校二年生のヴァンスが、「1ドルの重みを学べ」と祖母に命令され、スーパーでレジ係のアルバイトをする場面。

 “いかに多くの人が、生活保護制度を利用してうまくやっているのかを知ることもできた。そういう連中のなかには、フードスタンプで炭酸飲料を2ダース買い、それをディスカウントストアに売り払って金に換える人もいた。レジで別々に会計をして、食べものはフードスタンプで買い、ビールやワインやタバコは現金で買う人もいた。携帯電話で話をしながら会計をすませる客もよく見かけた。うちの生活はこんなに苦しいのに、連中は役所から気前よくお金をもらって暮らしている。そのうえ、私が夢に見ることしかできないようなぜいたく品をどうして手に入れられるのか、まったく理解できなかった。”(『ヒルビリー・エレジー』(関根光宏・山田文 訳、光文社未来ライブラリーP236-237より)

「今では怒りは収まっているものの、祖母が『労働者の党』と呼んでいる民主党の政策はさほど褒められたものではないと高校生の頃から思うようになった」と『ヒルビリー・エレジー』で綴ったヴァンス自身、2025年12月には「私たちはDEIを歴史から追いやった。もう君たちは、白人であることを謝る必要もないし、大学入試に出願するとき『アジア人なんですが……』と遠慮する必要もない。アメリカではもう人種や性別で人間を判断しない」と宣言している。

 バイデン政権下で急速に進んだ「権利意識の肥大化」を、ヴァンスはとても許容できなかったということか。

「日本ではよく知られていないかもしれないが、ヴァンスの『自助努力による救済』という信念は本物だ。彼は単に努力を信じているだけでなく、努力が正しく報われる共同体をつくるべきだと考えている。行政が肥大化しすぎると、至るところで不平等・逆差別が浸透し、個人にとっては努力そのものがバカらしくなる危険性がある。成功しようとする意欲を毀損させない社会をつくるべき、というのが政治家ヴァンスのひとつの原則となっている」(ベック)

『ヒルビリー・エレジー』においても、ヴァンスは祖母ボニー・ヴァンスへの感謝を繰り返し述べている。母親との関係がうまくいかなかったとき、祖母が防波堤になってくれたし、コミュニティ全体が崩壊していても、彼女だけはヴァンスを「必ず成功する」と信じていたからだ。

 強烈な幼少期を過ごしたヴァンスからしてみれば、国家(大人)が個人の努力に報いることができないという状態そのものが、政治の大きな危機だと痛感したのかもしれない。

ポスト・トランプに求められる「普通の友人」

 とはいえ、「反トランプ」色が強いアメリカのエスタブリッシュメントに受け入れられていた人間として、公然とトランプやMAGA運動への支持を表明するのは簡単でなかったことは容易に想像できる。確かに、2022年の出馬に際しては、ピーター・ティールなどシリコンバレーの大物の後ろ盾を得たことも大きかっただろう。

 だがベックは、ヴァンスは「普通のアメリカ人」からの支持も厚いと分析する。彼らからすればヴァンスは「自分の友達にいてもおかしくない人物」だと言うのだ。

「支持者にとって、トランプはほとんど伝説的な人物。権力に縁がなかった普通のアメリカ人たちは、トランプがワシントンの古い権力体制を次々に『破壊』し、公約を実現する様を見て、快哉を叫んだ。ほとんど英雄譚と化していると言える。だが、神話があまりにも長く続きすぎると、幻滅する機会も増える」

 MAGA運動は次の段階を必要としていて、その空白地帯にハマるのがヴァンスだ、ということか。実際、ベックは現在のアメリカ国民は意外にも、かつてのような「破壊に次ぐ破壊」を求めていないと見る。

「実のところ、(トランプに投票した)アメリカ人はトランプの痛みを伴う改革を必要だと頭ではわかっていても、それを直視することはなかなかできない。誰でも、いやな光景は見たくないからだ。要するに、今の段階においては、MAGA運動が新たな不安定を求めていないのだ。その点、ヴァンスは権力者には珍しく、近寄りがたいオーラというものが全くない。年齢も若いし、ベッセント財務長官やルビオ国務長官とうまくやっているところを見ても、協調性がある。自分と同じような家庭に生まれ、同じような苦しみに直面し、それらを乗り越えてきた、という意味で、支持者にとっては親近感を覚える存在だ。この『友人』のような存在感が、未来のMAGA運動には求められている可能性がある」

 特にアメリカでは20~30代の保守化が顕著で、第二次トランプ政権を後押ししたのも、これらの世代だという分析が根強い。ベックは、「ヴァンスは彼らからすると『地に足のついた大人であり、現代アメリカの日常の問題に対して関心を持っている政治家』というイメージが強い」のだと力説する。

「ヴァンスは薬物中毒や、高騰する大学の授業料と奨学金の問題など、一般のアメリカ人が人生の中で必ず通過するテーマについて、強い関心を持っている。ドラッグも奨学金の問題も、良心があるなら誰でも『間違っている』と思うはずだ。ところが、若い人たちは連邦政府が十分にこの問題に関心を払っているとは思っていない。これまで、このような問題を実際に体験してきた『普通の友達』が権力の中枢にいなかったからだ。トランプの次は、一般のアメリカ人が素通りできない問題を解決する担い手が求められており、ヴァンスはその役割を果たせるだろう」

 ラストベルトに育ち、アメリカン・ドリームを体現してきたJ・D・ヴァンス。エリートのインナーサークルから抜け出し、MAGA運動の「次」を担う彼には毀誉褒貶相半ばする。トランプ去りし後の空白地帯を「普通の友人」が襲うことになるのか。次なる大統領選挙は2年後に迫る。
 

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