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Vol. 4

日本の医療を守るため国は「日本医師会」とどう向き合うべきか

2026年6月3日


<span>日本の医療を守るため国は「日本医師会」とどう向き合うべきか</span>
日本医師会に危機感はあるか

これまで日本医師会と医療界の関係についてお伝えしてきたこの連載で浮き彫りとなったのは、医師会の存在も含めた医療界の「構造」そのものに問題がある、という事実だ。では、どうすれば良いのか。医療界の未来のために、国は医師会を医療政策に関わらせるな!

日本医師会は開業医の権益擁護団体

 すでに深刻化している医師不足、眼前に迫る医療崩壊、そして、それらの背景に横たわる過剰医療。そうした問題に向き合うことなく、自分たちの「財布」に直結する診療報酬改定のみに血道を上げてきた日本医師会――。果たして、その状況は医師会の内部からはどう見えているのか。

「日本医師会は悪いイメージが定着していると思いますが、変えていくのはなかなか難しいかもしれません。正直に言えば、私は、日本医師会の会長は誰がやってもそう変わらないと思っています」

 そう語るのは、京都府医師会理事や伏見医師会会長を務めた依田純三氏(80)だ。

「私が伏見医師会の会長を辞めたのは2011年。その前年、日本医師会の会長選があり、京都府医師会会長の森洋一先生が、茨城県医師会会長の原中勝征先生に僅差で負けたのです。森先生は論理的にまっとうな日本医師会の在り方を考えている先生なのに、なぜ負けたのだろうかと思いましたが、きっとそれが日本医師会の体質なのです。正論が通りません」

 日本医師会会員の半数は開業医で、開業医の9割は日本医師会に入っている。

「要するに日本医師会は開業医の権益擁護団体というわけです。国民医療より開業医の権益を重視する姿勢に対して、森先生は“これではいけない”と訴えて出馬しましたが、それでは当選できなかったのです」

 依田氏はそう慨嘆する。

「当時は民主党政権で、原中先生は民主党に近かった。国民のための医療という根本理念より政権との近さのほうが、会長になるには重要だったのでしょう。なぜあんなに権力闘争ばかりしているのだろうと疑問に思います。あまりにも開業医の権益擁護に寄りすぎており、違和感を覚えます」

 そもそも診療報酬改定に固執する姿勢それ自体が、医師に高い倫理観を求める「医は仁術」の理念からかけ離れている。

「医療機関としてある程度の収入は必要ですが、必要以上に儲けることが医療という分野で許されるのだろうかと思います。そんなに稼ぎたいのであれば、堂々と商売のできる業界に行けばいいのです。医者をやる以上、儲けるという考えは捨てるべきではないでしょうか。むしろ、医師になったらお金持ちにはなれない、と覚悟する必要があると思っています」(同)

 とはいえ、医師の収入を一律に下げるべきだ、という考えではなく、

「外科で最先端の高度な手術ができる医師が我々とそう変わらない収入でいいとは思いません。私は、非常に高度な医療を提供できる医師は年収1億円をもらってもいいと考えています。ですが、現実では全く逆のことが起こっていて、こうした高度医療に携わる病院勤務の医師より開業医のほうが収入が多くなりがちなのです」(同)

 現在、日本の高度医療は個人の使命感に頼っている状況である。

「美容クリニックの美容外科医が何千万円ももらう一方、高度な手術をする病院勤務の外科医が彼らの何分の一かしかもらえないのはおかしな話です。日本医師会は勤務医の待遇改善には関心が希薄です。しかし、勤務医の方々の献身に頼っているだけでは、もう日本の高度医療は成り立たないのです」(同)

 そのほころびはすでに表面化してきており、

「今は本当に外科医の成り手がいません。京都のある大規模病院でも、もう長い間脳外科医が不足したままで、本来研修医や若手医師がやる当直を、ずっと部長がやっています」(同)

「医師免許更新制度が必要」

 そんな状況を改善するため、依田氏は「医師の機能分化」を提案する。具体的には次の四つのカテゴリーに分けよ、との主張だ。

(1)最先端の医療に携わる極めて専門性の高い医師

(2)通常の高度医療に携わる病院勤務の医師

(3)一次医療を担う地域密着の総合一般医

(4)在宅医療を専門とする在宅医

 依田氏が続ける。

「役割分担と機能分化をしていかないと、本来高度医療に特化できる大病院が、クリニックで十分対応可能な患者を診たり、逆に開業医の診療所が高度な検査を求められたり、といったミスマッチが起こる。国全体の医療の提供体制が非常に非効率的になるのです」

 しかし、日本医師会は、医師が自らの意志で診療科や開業地を選ぶ「自由標榜・自由開業制」の権利を守ることに固執する。ゆえに、こうした役割分担や機能分化について、反対の立場を貫いてきた。

「日本医師会は、機能分化の話が出ると、“分断を煽っている”“医師の階層化だ”と反発しますが、私は自由な診療科の選択が可能な制度自体がおかしいと思います」(同)

 依田氏は、医師を「分ける」だけではなく、個々の医師の質を担保する必要性も訴える。

「私は医師の免許更新制度が必要だと思っているのですが、これも日本医師会は絶対に反対なのです。一定の質の医療を提供するという前提で公的な財源を投じてもらっているのですから、免許更新制度を設け、質を担保できるだけの勉強はするべきです」

 しかし、医師の質を担保できても「無駄な医療」や「過剰医療」の問題が解決するわけではない。

「過剰医療というと、儲け主義的な観点でばかり語られることが多いのですが、実際には医師本人の心情として不要だと思っていても、やらざるを得ない構造があります」

 と、依田氏は話す。

「“防御医療”とでも言いましょうか。検査をせず、後から病気が見つかった際に、“あそこの病院は検査せずに見落とした”などと、訴訟になって敗訴すれば影響は大きい。それを避けるために検査や治療をするのはよくあることなのです。過剰医療を少なくするには、こういう場合での治療や検査はやらなくても免責にする、といった統一的な決まりが必要です」

 医師はどんな場合でも最善を尽くさなければならない、という前提がある。無論、患者が高齢者の場合も同様だ。ただし、

「少子高齢化の中で、高齢者の医療をどこまでやるのかということを真剣に考えなければなりません」

 と、依田氏は訴える。

「例えば私の場合、80歳を過ぎてからはがん検診を受けていません。もしがんになったら、痛いのは苦手なので緩和ケアはしてもらいたいですが、根本的治療はやらない、と決めています。それで死ぬなら私の寿命が来たということでしょう。私の人生観を押し付けるわけではありませんが、ある程度そのような考え方は必要じゃないかと思っています」

 具体的には、

「原則、85歳を過ぎたらがんの根本的治療はせず、緩和治療だけでいいと考えています。そういうことを言うと、『人の命は地球より重い』と反論してくる人がいます。その通りだとは思うのですが、そんなことを言っていては医療費を賄いきれるわけがありません」(同)

医療システムの根本的な変革が必要

 考えるべき対象はがんだけではない。依田氏は、

「90歳で心臓弁膜症の手術をして成功しても、私は美談だとは全く思いません。90歳の人の延命のためにどこまで医療を尽くすべきか。そういった根本的なことを考える必要があると思います」

 と語り、こう説く。

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