連載 > カルチャー

『勝手にしやがれ』にみるジャン=ポール・ベルモンドの身体性、あるいは無様な転倒

2026年6月27日


<span>『勝手にしやがれ』にみるジャン=ポール・ベルモンドの身体性、あるいは無様な転倒</span>
シャンゼリゼ通りでヘラルド・トリビューン紙を売るパトリシア(ジーン・セバーグ)と並んで歩くミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド) © 1960 STUDIOCANAL - Société Nouvelle de Cinématographie – ALL RIGHTS RESERVED.

夜明け前の映画館へようこそ。連載第2回は、ヌーヴェルヴァーグを象徴する作品であるゴダールの『勝手にしやがれ』を。主人公を演じたジャン=ポール・ベルモンドの細かな仕草と表情、そしてアクションにまでフォーカスしてゆきます。そのとき、あらたに見えてきたものとは?

あまりに鮮烈な『勝手にしやがれ』のラストシーン

腰を片手で押さえ、男はふらつきながら道を駆けていく。足がもつれるように走るその後ろ姿は、お世辞にもかっこいいとは言えない。それなのに、これほど鮮烈で、心に焼きついて離れない走り姿を、私は知らない。

画像
腰を片手で押さえ、ふらつきながら道を駆けていく主人公ミシェル・ポワカールを演じたジャン=ポール・ベルモンド。鮮烈なラストシーン。© 1960 STUDIOCANAL - Société Nouvelle de Cinématographie – ALL RIGHTS RESERVED.

ジャン=リュック・ゴダール監督『勝手にしやがれ』(1960)で主人公ミシェル・ポワカールを演じたジャン=ポール・ベルモンドは、全編を通して軽々とした身のこなしを披露する。車泥棒を常習とする彼は、街ゆく人の隙をついては華麗に車を盗み、その車で道路を駆け抜ける。はずみで警官を殺してしまったあとは、広い草原をどこまでも走っていく。つねに金のない彼は、パリに着いてからもあちこちで軽犯罪をくりかえす。タクシーの無賃乗車、カフェでの食い逃げ、そして得意の車泥棒と、何食わぬ顔で人々を騙しては颯爽と逃げていくさまは、惚れ惚れするほど美しい。

俳優になる前、ベルモンドはボクサーを目指していたという。『勝手にしやがれ』の撮影の裏側をフィクションとして描いたリチャード・リンクレイター監督『ヌーヴェルヴァーグ』(7月公開)では、ボクシングに夢中な若きベルモンドの姿が登場する。あの身軽さは、鍛えられた肉体だからこそ生まれたものだろう。

警官殺しの罪で指名手配されたミシェルは、パリで顔なじみのアメリカ人女性パトリシア(ジーン・セバーグ)と再会する。小柄なうえ、シンプルなTシャツにフラットシューズを履くセバーグと並ぶと、ベルモンドの背の高さがより際立つ。ミシェルはパトリシアを口説き、仲間に貸した金を元手に遠くへ逃げおおせようとする。だが結局その目論見は失敗し、警察に背後から撃たれて絶命する。そこで見せるのが、冒頭で紹介したジグザグ走りだ。

画像
パトリシア(ジーン・セバーグ)とミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド) © 1960 STUDIOCANAL - Société Nouvelle de Cinématographie – ALL RIGHTS RESERVED.

アクションスター=ベルモンド

前年に発表されたフランソワ・トリュフォー監督『大人は判ってくれない』と共に、ヌーヴェルヴァーグを象徴する映画として世界中に衝撃を与えた『勝手にしやがれ』は、俳優ベルモンドの名前をいちやく有名にした。続いてゴダールの『女は女である』(1961)、『気狂いピエロ』(1965)に出演し、ジャン=ピエール・メルヴィルやフランソワ・トリュフォー、アラン・レネら、他のヌーヴェルヴァーグ周辺の作家たちとも協働したベルモンドは、一方で、コメディやアクション映画にも多く出演した。そしてこうした大衆的な娯楽作において、ベルモンドのずば抜けた身体能力はさらに発揮されていった。

『リオの男』(1964)、『恐怖に襲われた街』(1975)、『エースの中のエース』(1982)といった映画のなかで、ベルモンドは走行中の列車の屋根に立ち、ビルの壁をよじ登り、空中でヘリからセスナに飛び移ったりと、危険なアクションを次々にこなしている。CGに頼らずスタントマンもほぼ使わなかったというその無茶苦茶なアクションシーンを見れば、彼の出演作が後のジャッキー・チェンやトム・クルーズに影響を与えたというのも頷ける。日本では、2020年から特集上映「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」が度々開催され、日本の映画ファンがアクションスターとしてのベルモンドの魅力を再発見する機会となった。

こうした大作映画で見るベルモンドは、ゴダール映画における彼とは一見別人のようだ。「これまで日本ではベルモンドといえばゴダールというイメージが強かったけれど、一気にイメージが変わった」という声を特集上映に際してよく聞いたし、私も初めて『恐怖に襲われた街』を見たときは、あのベルモンドがこれほど本格的に肉体派の俳優だったとは、と驚いた。

細かな仕草と表情がアクションを作り出す

では『勝手にしやがれ』や『気狂いピエロ』のベルモンドはアクションスターとしての彼とはかけ離れた存在なのか。そうは思わない。ゴダールの映画もまた、ベルモンドという俳優の身体がもつ身軽さや驚異的な運動能力を画面に記録しているからだ。

おすすめの記事

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

おすすめの動画

すべて見る
戻るボタン 次へボタン

ニュースレターを購読する

新潮QUEは、「問う力」を養っていくためのサブスクリプションサービスです。

無料登録する