国民の8割が「核について議論すべき」
岩田清文(元陸上幕僚長):ここまでウクライナ戦争の教訓について色々と議論してきましたが、これらの教訓は日本に対して、具体的にどのような影響を及ぼすのでしょうか。最初に、世界的な核戦略にどういう影響があったかということについて、尾上さんからお願いします。
尾上定正(元航空自衛隊補給本部長):はい。今回、核兵器は「使われる可能性のある兵器」だという認識が、国際的に広まってしまいました。冷戦時代はMAD(相互確証破壊)という概念があり、戦略核兵器をお互いに撃ち合ってしまったら生き残る国はないということで、核は使えない兵器だと言われていた。核は持っていることで抑止が効くという前提で、核抑止理論が構築され、核軍縮や核の軍備管理が行われてきたわけです。ところが今回、プーチンのいうエスカレーション抑止(escalate to de-escalate)戦略、つまり「通常戦をエスカレーションさせないために核兵器を使う」という脅しによって、通常戦を支配しようという戦略ですが、これが機能してしまっている。この有効性を知った中国は今後、当然それを使ってくるだろうと考えざるを得ない。
加えて中国は最近、それまでの「最小限核抑止(minimum deterrence/必要最小限の報復核戦力を持つことで自国への核攻撃を抑止する戦略)」から転換して、ICBMやSLBMの戦力を急激に増大させようとしている。中国の軍事戦略を分析したアメリカの年次レポートの2021年版では、20年の見積もりを大幅に修正して、中国の核保有数、核弾頭数が急激に増えるとしている。2030年までに1000発ぐらいに増えるという見積もりに修正しています。ということは、やはり中国は最小限核抑止あるいは「核の先制不使用」という従来の戦略から脱して、アメリカとパリティ=均衡のレベルを達成しようとしているのではないかと。
戦略レベルでの核戦力をアメリカと均衡させておくと、戦術核あるいは低出力の小型核兵器を使ったエスカレーション抑止戦略がやりやすくなる。それが今回、中国にとっての大きな教訓というか、「しめしめ」ということなんではないかと思います。逆にアメリカからすると、今回のウクライナに関しても、バイデン大統領は「第三次世界大戦を起こすのか、経済制裁か、どちらかだ」ということを言っていましたし、支援するにしても、アメリカがロシアと対峙する直接の当事者には絶対にならないというスタンスを貫いている。だから飛行禁止区域を作ってほしいというゼレンスキーの要望もはねつけたし、ポーランドからミグ29を提供するという話も結局は実現しなかった。これはロシアによる核の威嚇が効いていると理解せざるを得ないと思います。したがって、アメリカに核の拡大抑止を依存する我々としては、中露のエスカレーション抑止に対抗する戦略をどう考えていくのか、そのために必要な中距離ミサイルあるいは低出力の核戦力をどうやって作っていくのか、その辺をしっかり詰めていく必要があると思います。これは時間との競争にもなるでしょう。……