10年ほど前、当時80代後半でなお矍鑠たるご老人に「一番オススメの健康法は?」と訊ねたことがある。「毎朝の散歩」という普通の答えに筆者は驚いた。その人が健康グッズ、健康食品を紹介する雑誌を多数出している出版社の社長だったからだ。「散歩」ではたぶん商売にならない。それでも勧めるのならよほど効果があるのだろうと、以来、筆者も散歩する機会を増やした。
ジェレミー・デシルヴァ(赤根洋子訳)『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』(文藝春秋、2022年)によれば、歩行には健康促進のみならず、創造性の増進、記憶力の改善、うつ病・不安神経症の緩和などの効用があるという。
といっても本書の主たるテーマは健康法ではない。題名の通り直立二足歩行である。初期人類はアフリカの草原に進出し、軽く握った拳を地に付けて歩く「ナックルウォーク」をしていたところから徐々に上体を起こして直立するように進化したというのが従来の学説。筆者も人類はチンパンジーやゴリラのようなナックルウォークから二足歩行に移行したと当たり前のように考えていた。ところが、実際は逆だったらしい。
近年の化石研究に基づけば、類人猿と初期人類の共通祖先は、草原に進出する以前から森の木々の上を直立二足歩行していたという。その後、ナックルウォークするように進化したグループと、直立二足歩行にさらに適した骨格に進化し、草原の環境に適応した初期人類とに分岐。直立二足歩行は四足歩行よりも遅く、初期人類は単独では肉食動物に負ける。だが集団体制や道具使用でそのデメリットをカバーし、捕食されにくくなる。そうして生まれた余剰エネルギーで脳が成長し、世界中に進出した。今年もコロナ禍で外出が少なめだった筆者に、歩行の健康的な意義を改めて教えてくれただけでなく、人類史的な意義まで気づかせ、もっと歩かねばという気持ちを奮い立たせてくれた一冊である。……