前回の連載の最後に登場した、メアリ・アメリアが築き上げたソールズベリ侯爵家に、いよいよ傑物が登場するのが19世紀後半になってからのこととなる。
苦労人だった第3代侯爵
それがメアリ・アメリアの孫にあたる第3代侯爵ロバート(1830~1903)なのだが、彼の幼少期は悲惨なものであった。5歳のときに祖母が焼死し、9歳のときには母に早世され、ロバートの少年時代は孤独そのものであった。背が高くやせっぽちで、人見知りの激しい彼は、パブリック・スクールの名門校イートンに入学したものの、すぐに壮絶ないじめに遭ってしまう。15歳で退学し、以後はハットフィールド・ハウスへ帰り独学を続け、オクスフォード大学でのびのびと学問を楽しむことができるようになった。
23歳で庶民院議員に初当選し、4年後に判事の娘であるジョージナと結婚。5男3女の子宝に恵まれた。しかし前途は多難であった。ロバートは第2代侯の次男であり、侯爵家の世継ぎではなかった。江戸時代の日本の大名と同じく、家督を相続するのは長男だけで、次男三男は「部屋住みの身」にすぎない。しかも江戸期の大名とは異なり、血縁で結ばれてもいない他家に養子として入るわけにはいかなかった。当時の庶民院議員はもちろん「無給」である。ロバートは持ち前の文才を活かし、新聞や雑誌などに積極的に投稿し、ジャーナリズムの世界で糊口をしのぐしかなかったのである。
兄の急死から首相就任へ
そのような彼に転機がおとずれた。1865年に突然兄が世継ぎを残さず急死したのだ。ロバートは侯爵家の儀礼上の爵位である「クランボーン子爵(Viscount Cranborne)」を名乗るようになった。その3年後、今度は父が亡くなり、ここに彼は第3代侯爵を継承する。……