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古文書から読み解く約300年前「富士山大噴火」の地獄絵図

2026年5月1日


<span>古文書から読み解く約300年前「富士山大噴火」の地獄絵図</span>

 富士山の歴史上最後の噴火は、1707(宝永4)年の「宝永大噴火」。約300年が経過したことになるが、富士山の地下では今も低周波地震が観測されており、現役の活火山である。大地震発生のたびに「富士山噴火」の可能性が取り沙汰されるのには、ご存知のように「地震と噴火」には密接な関係があるためだ。実は「宝永大噴火」の4年前にも、富士山周辺では大規模な地震が起きていた。当時の文献や専門家の解説をもとに、その地獄絵図を再現する――。

 ※本稿は「週刊新潮」2007年12月13日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。

前兆は4年前に発生した大地震

 600年余の眠りを破って、富士山が大爆発を起こしたのは、宝永4年11月23日(新暦1707年12月16日)。噴火は、月をまたいで16日間続き、12月9日になりやっと終息をみた。

 前兆はあった。遡ること4年前の元禄16(1703)年、奇しくも大噴火と同じ11月23日の午前2時頃、南関東地方をマグニチュード8.2の大地震が襲ったのである。関東大震災がマグニチュード7.9だったことを思えば、いかに大きかったかがわかる。

 震源は相模トラフ沿い。大きな被害を受けたのは、現在の小田原市周辺だった。……

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