※本稿は「週刊新潮」2010年1月28日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。
「トノサマはお二階かしら」
黒のサングラスにベレー帽、そしてハイカラなマント。正子さんが細川家に現れると、まだ子どもだった私は「魔法使いのおばさんが来た」と言ってはしゃいだものです。昭和25(1950)年頃、正子さんのようにモダンな服を着こなす女性はほとんど見かけなかったし、子どもの私には彼女がどんな人なのかわかるはずもありません。
だから、私にとって正子さんは得体の知れない“魔法使い”みたいな感じでした。そんな私に対して、正子さんは独特の鼻にかかった物言いで、「あら。煕ちゃん、いたの。こんにちは。トノサマはお二階かしら」と話しかけられたりしました。話し方がとても印象的でしたね。これが、正子さんに対する私の最初の記憶です。
≪こう語るのは、現在は陶芸などのアーティストとしても知られる元総理の細川護熙氏。“トノサマ”とは、細川氏の祖父で、肥後熊本細川家16代当主・護立(もりたつ)氏のことである。文化・芸術に関して幅広い知識を持ち、多くの美術品を収集していた護立氏のところには、志賀直哉、武者小路実篤といった文豪や、画家の横山大観、果ては読売巨人軍の川上哲治元監督まで、多彩な人物が集い、文京区目白台の旧細川邸は芸術家達のサロンとなっていた細川氏は、護立氏から骨董目利きの指南を受けていた若かりし日の白洲正子に、この護立邸で出会う≫……