政治

「田中角栄」が貫いた「金と女」の流儀

2026年5月1日


<span>「田中角栄」が貫いた「金と女」の流儀</span>
多くの人が彼に魅了された理由

 1993年に死去した田中角栄・元総理大臣。「今太閣」、「闇将軍」、「金権政治家」……様々な顔を持つ角栄氏には「金と女」について、独特の流儀があったという。特にピン札を好んだ理由、金を苦心した若手議員が涙した「角栄メモ」、3人の女性との間にそれぞれ子をもうけながら、各家庭を維持できた理由――。生誕100年の節目の年に「週刊新潮」が報じた特集記事をもとに振り返る。

※本稿は「週刊新潮」2018年5月17日号に掲載された特集を元に再構成したものです。また、年齢や肩書、年代表記等は当時のものです。

部屋の中に次々と運び込まれる「段ボールとピン札」

〈田中角栄のカリスマは、金を最大公約数とし、最小公倍数に、彼の実人生上の神話がある〉

 長らく角栄の金庫番を務めた愛人、佐藤昭女史をルポした『淋しき越山会の女王』(中央公論新社)の中で、著者の児玉隆也はそう書いている。

 今年は角栄が生まれてから100年、死去してから25年の節目に当たる。幾星霜を経ようと、その栄光と転落の75年の人生が色褪せず、折に触れて「角栄ブーム」が起こるのは、人々がそこに神話めいたものを見出しているからだろうか。自らの才覚と器量で頂まで上り詰めた今太閤。しかし、何より彼をカリスマたらしめていたものは、児玉隆也が書いた通り、金に他ならない。しかも、誰彼かまわず、ただ金をバラまいていたわけではなく、そこには「哲学」があった。……

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