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[イラン戦争はどこまで続くか4]テヘランは「パックス・イラニカ」の夢を見るか?――イラン戦争後の国際秩序

2026年5月24日


<span>[イラン戦争はどこまで続くか4]テヘランは「パックス・イラニカ」の夢を見るか?――イラン戦争後の国際秩序</span>
イランを排除して設計される中東秩序は限界に達しつつある[パキスタンのアシム・ムニール陸軍元帥と会談したアラーグチー外相=2026年5月23日、イラン・テヘラン](C)Foad Ashtari / SOPA Images via Reuters Connect

米国とイランの戦闘停止に向けた合意が成立しても、本格的な停戦までには紆余曲折が予想される。イランは米国のからの圧力を躱し、米国に成果を与えつつ、抑止力を温存しようとするだろう。そして奇妙に聞こえるかもしれないが、米国にはイランの狙いを進んで受け入れる誘因がある。結果、イランは多大な被害を被ったにもかかわらず、より強い国家として再浮上する可能性もあるだろう。だが、それは「秩序の破壊能力」を交渉力の源泉にする危ういパワーの台頭だ。中東は「イランの世紀」に入るのだろうか?

 これは思考実験である。

 これまで本連載では、イラン戦争が短期決戦ではなく長期消耗戦へ移行しつつあること、イランがホルムズ海峡をレバーとして戦争のコストを世界経済に外部化していること、そして米・イスラエルによる大規模攻撃が必ずしも政治的勝利につながらないことを論じてきた

 では、もしイランがこの戦争に「勝つ」とすれば、それはどのような形を取るのだろうか?

 イランが米国やイスラエルを軍事的に打倒して屈服させることはない。停戦条件に挙げていた米軍を中東から全面撤退させることも困難である。イスラエルを従わせることもないだろう。しかし、それでもイランがこの戦争の帰結として中東秩序における立場を大きく引き上げる可能性はある。

 もしワシントンが軍事的勝利を諦め、核問題での限定的成果と引き換えに、テヘランのミサイル能力、代理勢力ネットワーク、そしてホルムズ海峡に対する影響力を事実上追認するような停戦を受け入れるなら、何が起こるのだろうか。さらに制裁解除や資産凍結解除が加わり、イランが経済的にも息を吹き返すなら、中東はまったく新しい局面に入るのではないか。それは果たして「イランの世紀(パックス・イラニカ)」と呼べるものなのだろうか? 本稿はその可能性を検討する。

米国の自縄自縛でもある「逆封鎖」

 結論を先取りすれば、近い将来に成立し得るのは、安定した「パックス・イラニカ」ではないだろう。より現実的なのは、イランが中東を積極的に統治する帝国的な覇権国家になることではなく、中東秩序を自国抜きには成立させず、地経学的な影響力をも行使する大国になることである。

 ここでの中心的な問いは、イランが中東を支配するかどうかではない。イラン抜きに中東を管理できるか否かである。

 この戦争でイランが示した最大の能力は、米国やイスラエルに正面から打ち勝つ能力ではない。戦争のコストを自国の外へ拡散し、世界のエネルギー生産国・消費国、海運・保険市場に負担を波及させる能力であり、その中心にあるのはホルムズ海峡である。ホルムズ海峡は、イランが軍事的劣勢を戦略的交渉力へ転換するための装置として機能している。

 開戦劈頭から火力を集中させてきた米イスラエルの攻撃能力と迎撃能力は深刻な水準にまで損耗し、その回復には数年という単位が見込まれるなか、アメリカはパキスタンを仲介国としてイランとのあいだで脆弱な停戦を結んだ。その上で、膠着状態にある戦況を、みずからの有利な形に転換させようとホルムズ海峡の「逆封鎖」に踏み切った。イランの原油輸出や貯蔵能力に圧力をかければ、弾薬を使わずにイラン経済を締め上げることができる。

 しかし、逆封鎖はイランを直ちに屈服させる決定打にはなりにくい。効果は遅れて現れる。イランには輸送中の原油、洋上在庫、迂回的な輸送手段がある。封鎖をすり抜ける船舶もあれば、イランと取引を続けようとする国もある。そして何より、イランはこの圧力を、自国の譲歩ではなく、米国による「違法な締め上げ」として政治的に利用することができる。

 逆封鎖は、イランを締め上げる手段であると同時に、米国がその締め上げにどれだけ耐えられるかを試す手段でもある。双方の封鎖が長引けば、エネルギー価格、海上保険料、物流コストは上がる。その影響は湾岸諸国や中東依存の大きいアジア、次に欧州、そしてインフレと景気悪化を恐れる米国にも跳ね返る。さらに、米国が逆封鎖を続けるほど、イランは「ホルムズ海峡をめぐる危機を解決するには、テヘランを交渉相手として認めざるを得ない」という構図を強めることができる。そして米国の「一方的な撤退」の機運は遠のく。

 ここに、イランのレジリエンスがある。イランは、空爆に耐えるだけではない。経済圧力に耐えながら、その圧力を交渉上のカードへ変換しようとしている。米国がイランの原油輸出を止めようとすれば、イランはホルムズ海峡の通航条件を政治化する。米国が封鎖を解除しないなら、イランも海峡の選択的統制を緩めない。こうして、米国の圧力手段そのものが、ホルムズ海峡を停戦交渉の中心に押し上げていく。

イランが狙う「勝利条件とロードマップの設計」

 この文脈で重要なのが、イランの二段階交渉案である。すなわち、第一段階で、ホルムズ海峡をめぐる双方の封鎖と統制を処理し、停戦を維持して戦争の烈度を緩和する。その上で、第二段階として核問題を中心とする本格的な停戦交渉を詰めていく。

 一見すると、これは合理的な停戦管理案に見える。まず世界経済を混乱させ、海運オペレーターの人道問題を引き起こしている海上封鎖を緩和し、その後に核問題を協議する。戦闘の停止、海上交通の回復、核交渉の再開という順序は、外交的には自然な形式である。

 だが、より重要なのは、この順序そのものがイランに有利だということだ。第一に、イランは米国の最大の交渉レバーである逆封鎖を、交渉の最初の段階で処理できる。米国が封鎖を維持したまま交渉に入れば、イランは経済的圧力の下で譲歩を迫られる。しかし封鎖解除を第一段階に置けば、イランはもっとも痛みの大きい圧力を緩和したうえで、核交渉に進むことができる。

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