<span>「言葉」が溢れる時代、AIにはできない「心の揺れ」を辿る</span>
短歌は「自分の心が揺れること」から始まると語る俵万智氏

生成AIやSNSの登場で、言葉をめぐる環境やコミュニケーションのあり方が大きく変化した。AIが多くの言葉を生成し、SNS上で大量のやり取りが交わされる。 昨年、『生きる言葉』(新潮新書)を上梓した歌人の俵万智氏は、AIで作られた短歌について「私たちが作らないのはもったいない」と語る。AI時代に人間が言葉を紡ぐ意味とは何か――。来年にはデビュー40周年を迎え、言葉と真摯に向き合ってきた俵氏にAI、SNS、言葉、そして「これから」を聞いた。

AIで作る過程を手放すことは、歌そのものを手放してしまうこと

 会議の記録をまとめたり、これまで人間が手作業で行ってきた面倒な作業を肩代わりしてくれるAIは便利だなと思っています。一方で、短歌のように、心から言葉を紡いでいくクリエイティブなところをAIに任せてしまうのは本当にもったいない。

 短歌の作り方というのは、まず「自分の心が揺れること」から始まります。その「揺れ」を探しながら、言葉を一つ一つ紡いでいく。その過程を含めて、私は歌だと思っています。結果として短歌という作品が出来上がりますが、その作品に至るまでの過程を手放すことは、歌そのものを手放してしまうことです。そう考えると、「壁打ち相手」としてAIは使えるかもしれませんが、歌を作ることとAIは本質的には交わりません。

 創作をしている人の中には、AIを脅威だと感じる方もいるかもしれません。AIはものの数秒で百首以上の短歌を作ります。ただそこに脅威を覚えるのは、短歌を「製品」として見ているからではないでしょうか。短歌が数で評価されるものだとしたら、AIはたしかに強力です。でも心のないAIが生み出す短歌と、人間が自分の心の揺れを辿りながら紡ぐ言葉はそもそも違い、根本的に競い合う関係ではないと思うんです。

 最近、短歌コンテストの中には応募規定で、「AIを使わないでください」と一言添えているものがあります。おそらくAIで作った短歌を応募してくる人が実際にいるのでしょう。仮にAIに作ってもらった短歌で、入選したとして、本当に嬉しいのかな、と疑問に思ったりもします。自分の心が揺れ、言葉を探し、考えながら詠む。だからこそ、評価される喜びがあるのではないでしょうか。

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