
日本軍のプライドを懸けた米軍との交渉で通訳を担い、終戦後も戦い続けた将兵らを全滅から救った見習士官の佐藤介軍医。その功績は、公式な戦史には記録されていない。戦後の足跡を追うと、故郷の広島に復員して小さな診療所を開いていた。
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軍医の功績はなぜ戦史に記されなかったか
私たちは伊東孝一大隊長の功績を、2001年に本人が自費出版した『沖縄陸戦の命運』で知ることができた。一方、佐藤介軍医については、同書でのわずかな記述と大隊長へのインタビューしか手掛かりがない。米軍との交渉に関しては雄弁だった大隊長だが、佐藤軍医のことはあまり話そうとしなかった。通訳として機能しなかったのかと聞くと、「そんなことはない。佐藤は立派に務めを果たした」と言い切る。ではなぜ?

その理由は、責務を果たすために指揮官として部下の前で威厳を保とうとしながら、病による衰弱で弱気が見え隠れする青年将校の葛藤を、年上の軍医に見透かされていたからではないか。私たちはそう感じ取った。伊東大隊長は90歳を過ぎても、1000人近い部下を率いた指揮官としての誇りを保ち続けていた。あの手この手でエピソードを引き出そうとしても、自らの人間臭い振る舞いや恥ずかしい話はしたがらなかった。佐藤軍医の話をするときは楽しげでもあるけれど、なぜか奥歯にものが挟まったような言い方をしていた。……