カルチャー

収入ノルマ引き上げ65%の是非 博物館・美術館の役割を「投資」から読み解く

2026年5月24日


<span>収入ノルマ引き上げ65%の是非 博物館・美術館の役割を「投資」から読み解く</span>
奈良国立奈良博物館(Wako Megumi/shutterstock.com)

先ごろ、文化庁が国立博物館や国立美術館に対して、展示に関する運営経費に占める自己収入の割合を現在の5割程度から2030年度までに65%、ゆくゆくは100%にまで引き上げるよう、具体的な数字を挙げて求めたことが、読売新聞、朝日新聞、ウェブ版美術手帖等で報じられた。入場料等による自己収入を頼りに自ら「稼ぐ」ことをあからさまに表したその方針の背後では、文化庁の上部組織である文部科学省よりもむしろ財務省が強い影響を与えているといった分析もあり、筆者に限らず大きな違和感を持った美術関係者や愛好家は多いと見られる。SNSでは「文化に市場原理を持ち込むべきではない」といった趣旨の反論も多数読むことができるが、この指針は果たして正しいのか。

65%を達成しても得られる収益は「雀の涙」

 そもそも今回の政府の指針通りにすべての国立館の自己収入を65%に上げることができたと仮定しても、独立行政法人国立文化財機構と独立行政法人国立美術館への国の交付予算計200億円程度のうち数%を補填できるだけだ。約110兆円の国家予算の中で見れば、まさに「雀の涙」と言わざるをえない。しばしば指摘されてきたことだが、日本の文化庁の予算は1000億円程度しかない。国家予算のおよそ1%を文化予算に当てているフランスや韓国とは、雲泥の差である。そうした状況下にあって、さらに誤差とも言えそうな範囲の数字にしかなりえない現状の中で「収入増を図れ」と言われているのである。

 国が経済を建前にして言ってくるのなら、筆者もあえて経済の視点に立って返してみようと思う。ここでは、「投資」という言葉をキーワードに博物館や美術館のあり方について考える。

 さて、文化庁の要望が未達成の場合には組織の再編や閉館すら検討するというこの「収益ノルマ」は、一見すると効率的な行政運営と受益者負担の原則に基づいた合理的な要求に見えるかもしれない。しかし、この数値目標の裏には、一種の誤認識があるのではなかろうか。「博物館や美術館などの文化施設は消費の場である」という捉え方をしているのである。

 確かに、ルーヴル美術館やオルセー美術館などのコレクションや、希少価値の高いフェルメールの絵画を目玉作品に据えた展覧会には数十万人が訪れ、多くの人の目を喜ばせている。大量動員を前提とするスポーツイベントを観戦する行動などと大差なく見えるかもしれない。そして、その場で楽しむことだけを捉えれば、こうした美術展にも「消費」という言葉を当てはめても違和感はないだろう。

 筆者は昨年11月30日に東京・練馬で開かれたシンポジウム「地域社会と美術館」で基調講演を担当した東京ステーションギャラリーの冨田章館長が次のように話すのを聞いて、目が覚める思いをした。

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