<span>彼らが「寛容」だったのはなぜか――「古代ローマ」に学ぶ人材活用術</span>
撮影 新潮社写真部

特集|カルチャー

Vol. 1

彼らが「寛容」だったのはなぜか――「古代ローマ」に学ぶ人材活用術

2026年7月17日

 古代ローマが世界史上に特異な帝国を築くことができたのは、徹底した人材活用術ゆえだった。その根底にあったのは「寛容」だという。『ローマ人の物語』を著した塩野七生氏に聞く、現在のわれわれにとっても学びの多いローマ世界の特質とは――。 (初出:『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』2007年5月刊)

持っているものを徹底的に活用する


――これまで様々なローマ史がありましたが、塩野さんは初めてたった一人で通史を書かれた。それだけでも大変なことですが、全く新たな光を当てたというところに、大きな意義を感じています。例えば、ローマ人が「寛容」だったという点。我々日本人にはまず意外でした。更に「寛容」は、全巻通して通奏低音のように常に流れている、ひとつの主題のようにも感じました。

塩野 「寛容」という言葉に、読んでくれた人たちが敏感に反応したのは、今の世界がだんだん「寛容」ではなくなってきているからではないでしょうか。逆に、これまでのローマ史研究ではそれが注目されなかったのは、何で「寛容」が必要なんだろう?と痛切に感じる機会がなかったからではないかしら。

――ローマ人の「寛容」の中で最たることは、失敗した者にもう1回、チャンスを与えることです。ローマ人以外の古代人は、やはり度量が狭く、戦争でも何でも失敗した者は処刑するのが一般的でした。ただ、ダメだった人にはダメだと言った方が、楽ですよね。それに対して、もう回チャンスをやるから頑張れという方は、ものすごいリスクがあります。

塩野 私がいつも、ローマ人が他の民族よりも優れていた点としてあげるのは、「自分たちの持っているものを徹底的に活用する能力」です。失敗の原因は、必ずしもその人の能力が劣っていたせいとは限らないわけで、予測を越えた別の事情があったかもしれない。失敗って、何もつの原因で起きるわけではありません。だから、もう1回チャンスを与えるというのは、人材を活用するという面において、大切なことなのです。ただ、2回つづけて失敗したらやっぱりダメですよ(笑)。

――通常、何かを失敗すると、ローマでいえば戦争に負けることですが、そういった時には、みんな頭に血が上って、責任者探しみたいなことをやりがちではないでしょうか。

塩野 そうね。特に現代ならば、世論が重要視されるから、死んだ息子の母親たちがテレビに登場してきて、責任を取ってくれ、となるでしょう。それは母親の心情としては本当にわかることなんですけれども、共同体が持つ資源の活用ということになれば、失敗した責任者を1回で捨てた方がいいのかどうか、簡単に結論を出せる話ではありません。

――「ハンニバル戦記」を読んでいても、ローマ人は非常に冷静だなという気がします。頭に血が上ることなんかなかったのでしょうか。

塩野 個々では、しばしば血が上ってるんでしょうけれども、全員で血が上るということはないようでしたね。ギリシア、ローマというのは、言論の力がとても大きかったと思うんですよ。頭に血が上った人は、いくら言論の力を使っても説得力を持たないわけです。逆に、何人かの頭に血が上らない人たちによる説得力で、血が上っていた空気が、静まっていく。このように冷静な言論で状態が動いていくというのは、うらやましいとさえ思います。

――それは、「現実主義」とも言えるのでしょうか。

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