カルチャー

写真は絶滅するのか 杉本博司の大規模回顧展で示された「滅びの美学」

2026年6月28日


<span>写真は絶滅するのか 杉本博司の大規模回顧展で示された「滅びの美学」</span>
杉本博司 《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》 1978年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 現代美術のジャンルで、世界的に高い評価を受け続ける日本人アーティストといえば、草間彌生と杉本博司の名が真っ先に挙がる。作風も本人のキャラクターも強烈な個性を発して絵画を描く草間彌生に対して、杉本博司は主に写真メディアを用いて、厳格なコンセプトと圧倒的な技術力を駆使しながら、ストイックで知的な美しさを湛えた作品を生み出し続けてきた。そんな杉本博司による大規模個展が開かれている。東京国立近代美術館での「杉本博司 絶滅写真」だ。会場を巡りながら、杉本作品の魅力を見ていこう。

初期3部作で探った「虚実皮膜」

 展示は大きく3章に分かれ、緩やかに制作時代順に作品が並ぶ。1章「時間・光・記憶」では、1970~80年代に着手された〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の「初期3部作」シリーズが観られる。

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「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio
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杉本博司 《ポコット族》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

〈ジオラマ〉は、杉本のデビュー作である。野生生物の生態を再現したアメリカ自然史博物館のジオラマ展示を、大判カメラで精緻に撮影した。立体的に構築されたジオラマを、モノクロ写真に収めて二次元化すると、つくりもののはずの剥製や人形が、あたかも生命を宿したように見えてくるから不思議だ。

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杉本博司 《アビシニアコロブス》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 杉本はこの制作を通して、

「どんな虚像も、写真に撮れば実像になる」

 との気づきを得たという。

〈劇場〉は、「映画一本を写真で撮ったとせよ」という杉本自身の自問から始まった。一本の映画の上映開始から終了までの約2時間、カメラのシャッターを開放し続け長時間露光で撮影する。と、スクリーンは真っ白の単なる長方形と化してしまう。そこに映し出されていたはずの喜怒哀楽や物語はすべて白光の中に消え去って、まぶしい照り返しだけが劇場の闇に浮かび上がるのだ。

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杉本博司 《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》 1978年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
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杉本博司 《パレス・シアター、ゲーリー》 2015年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 画面の中心に水平線が走り、上部の空と下部の海以外は何も写っておらず、シンプルこのうえない画面構成を示すのは〈海景〉。これも杉本のひとつの自問から始まったシリーズだ。「原始時代に人が見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か?」を考えたのだという。

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杉本博司 《カリブ海、ジャマイカ》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

〈海景〉の画面には人工的な要素が皆無で、地球上に大気と海が発生して以来変わらぬ眺めがそこにある。杉本はここで、太古の昔へ時間をさかのぼる装置として、写真を用いているとも言えそうだ。会場で幾枚も並ぶ〈海景〉に囲まれていると、自分自身のなかに眠る始原の記憶が呼び覚まされてくるような気分になる。

「観念」は写真に撮れるのか

 展示の2章は「観念の形」と題される。1990年代になると杉本博司は、人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまなかたちを主題とするようになる。
 

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「杉本博司 絶滅写真」展示風景 東京国立近代美術館 ©Sugimoto Studio No.36《スタイアライズド・スカルプチャー118[クリスチャン・ディオール、Soiree 1947]》©Hiroshi Sugimoto Object:©Christian Dior Couture collection,Paris

 のちに建築を手がけるようになる杉本の思考がよく表れているのが〈建築〉シリーズだ。ワールド・トレード・センターなど20世紀を代表するモダニズム建築が被写体となっているのだが、撮影手法はユニークそのもの。大型カメラの焦点距離を「無限の倍」に設定して、極限までボカして撮影している。

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杉本博司 《ワールド・トレード・センター》 1997年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
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杉本博司 《サヴォア邸》 1998年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 細部や汚れといったノイズが削ぎ落とされて、画面にはシルエットとボリュームだけが浮かび上がってくる。それはいわば、設計当初に建築家の脳内に宿った純粋なビジョンそのものの姿とも考えられる。杉本はここで、人が思い浮かべる観念に、そのままかたちを与えているかのようだ。

 3章「絶滅写真」では、写真メディアの始原にさかのぼる近年の試みが紹介されていく。〈フォトジェニック・ドローイング〉は、写真術の始祖と目されるタルボットが1830年代に作った陰画(ネガ)を、杉本が暗室で陽画(ポジ)として焼き直し、像を現出させたシリーズ。200年近い時間を経て日の目を見たイメージは、ずいぶんボヤけてはいるものの、なんだか愛おしく感じられる。

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