箱の中に時間と空間を封じ込めることができる能力
この日の会見は、7月8日のジブリパークのリニューアルに伴い公開がはじまる、「パノラマボックス展」と、新作短編アニメーション『魔女の谷の夜』について、宮崎吾朗氏と山下明彦氏が登壇した。
まずは、宮﨑駿監督がおよそ3年半にわたり制作した、31点の「パノラマボックス」について。
パノラマボックスとは、箱の中を覗き込むと絵が描かれていて、映画のワンシーンのような奥行きのある風景が広がって見える「仕掛け箱」のこと。特徴は、キャラクターや背景画などが別々に描かれ、箱の中に何層にも分けて配置されていること。
宮﨑駿監督は「ジブリパークと吾朗のために作る」と宣言し、『君たちはどう生きるか』(2023)の完成が見えてきた2022年の夏から作品づくりをスタート。最初は10点を目標に作り始め、それが完成するともう10点、さらに10点と作り貯め、最終的に31点が完成したのは2025年の年末。実に3年半もの月日が経過していた。
宮崎吾朗氏は、完成したパノラマボックスについて、展示室内に掲示された「おわりに」で以下のように述べている。
出来上がったパノラマボックスを覗き込んでいると、風が吹いて草木が踊り、キャラクターたちが動き出し、眼の前に別世界が広がります。笑い声や波の音、エンジンの轡きも聞こえてくるようです。この閉じた箱の中に時間と空間を封じ込めることができる能力こそが、宮﨑駿監督作品を生み出している力に他ならないのだと改めて感心させられます。
宮﨑駿監督は今年85歳。さすがに往年のパワフルさはありませんが、今もなお毎日スタジオに顧を出して新しい絵を描いています。今描いているのは枠がなくなったパノラマボックスのようなもの。そこには摩詞不思議な世界が現れ相変わらず僕は感心させられるのです。いつか皆さんに宮崎駿の「なんだこれは?」をお目に掛けることができたら素敵だなと思います。
宮崎吾朗氏による「パノラマボックス」解説
記者会見ではどのような経緯が披露されたのだろうか。
――パノラマボックスがジブリパークに展示されることになった経緯は。
宮崎 宮﨑駿は、ジブリパークの建設には基本的にタッチしてこなかった。それがすごく気に入らなくて、おそらく自分の爪痕を残したいという気持ちがあったと思う。『君たちはどう生きるか』(2023)の制作の終盤になってくると、随分と手も空いて、暇になってくるので、その辺りから「俺がジブリパークのために展示を作ってやる」という話になりました。そうおっしゃったので、「ぜひ」ということでお願いした。そういう経緯です。
――吾朗さんは、宮﨑駿監督によるパノラマボックスの魅力について、どう感じられているのでしょうか。
宮崎 覗くとおもしろいんですよね。宮﨑駿という人は、映画の中でもそうですけども、平面の絵を重ねることによって、実は立体の空間を作っているんだ、ということがよく分かる展示になっています。絵そのものもおもしろいんですけど、なぜその絵がおもしろいのかは、パノラマボックスをよくよく見ることで分かってくる。意外に奥が深い展示なんじゃないかなと思います。
――パノラマボックスが展示されている企画展示室も新しくデザインされた空間となっていますが、こちらの空間については、どのようなイメージで作られたのでしょうか。
宮崎 展示の担当に川上君という人がいます。彼が、31点あるパノラマボックスを、古いものでは『風の谷のナウシカ』(1984年)から最新作の『君たちはどう生きるか』(2023年)までを、『君たちはどう生きるか』に出てくる「時の回廊」の場面を使ってまとめたらおもしろいんじゃないかと発案したということです。
――明日から公開されるパノラマボックスを、どのように楽しんでいただきたいですか。
宮崎 中腰になる、ということでしょうかね。どう見ていただいてもいいんですけど、パノラマボックスの「のぞき穴」の高さは、小さい子や車椅子に座っている方でもちゃんと中を見られるように、少し低めの高さに設計しています。そうすると、大人が見る場合には、なんとなく上から見下ろして終わりになってしまうんですけども、本当におもしろい楽しみ方は、窓の中に頭を突っ込む見方です。そうすると、目の前にワーっと空間が広がってくると思うんです。大人の方は頑張って31回しゃがんでほしいな、ということですかね。
――作品の下の部分には一言ずつメッセージが添えられていますが、それを考えられたのも宮﨑駿監督なのでしょうか。
宮崎 そうですね。そのメッセージが作品ごとのタイトルになっています。作ったからには名前が必要だということになりまして。数が揃ってからなんですけど、「これはなに」、「これはこう」という形で、「ぱっ、ぱっ、ぱっ、ぱっ」と名前を付けてもらった感じです。
――中には「ねむいよー」だったり「オーイあぶないよ」など、ちょっとユニークなものもありましたが、タイトルを考えるときには、一つずつどういったポイントで考えられていったんでしょうか。
宮崎 おそらく「小さい子が見ても読んでも分かる」というのが、宮﨑駿の考えたところじゃないかなと思うんですよね。仰々しいタイトルを付けるんじゃなくて、「見れば分かる」という内容になっているんじゃないかなと思います。
――今回のパノラマボックスは、「吾朗のために」と駿さんがおっしゃっていて、そのパノラマボックスを「まず10個」、「もう10個」という形で吾朗さんがお願いしたというお話もありましたが、31個が揃った空間を初めて見られたときに、吾朗さんはどのように感じられましたか。
宮崎 増やしておいて良かったなと思いました。以前、10個じゃ足りないだろうと思ったことがあったのですが、そのとおりだったなと。その分、3年半かかってしまいましたけど、それぐらいの時間をかけてもらっただけの価値はあったんじゃないかなと思います。
――宮﨑駿監督は85歳になった今でも、パノラマボックスというものを作り続けていらっしゃって、そのようなお父さんの姿を近くで見ていて、吾朗さんはどのように感じますか。
宮崎 うんざりするというか、いい加減にしてほしい感じもありますけど(笑)。ただ、ここまで来たら、もう死ぬまで絵を描いてほしいなと思いますね。今でも、パノラマボックスのようなものをまだ作っているんですよ。惰性で日々、という感じなんですけど、箱から随分はみ出してしまって、大きいパノラマボックスみたいになってきているんですが、それでもいいから作り続けてほしいなと思いますね。
――その作品を私たちが見られる日は来るのでしょうか。
宮崎 そうですね。これまたパークに持ってくると、美術館のほうに怒られるので(笑)。次はジブリ美術館で展示したいなと思っていますけど。
――「パノラマボックス」という言葉は宮﨑駿監督が作られた言葉とお伺いしたんですが、改めて、どういう意味が込められているのか、もしご存知であれば教えていただきたいです。
宮崎 「パノラマ」というのは、風景をばーっと見渡すような言葉のイメージがあるので、絵で描いた空間の中に入っていく、そういう仕掛けの箱なんだ、ということを言いたいんじゃないかなと思うんですよね。今展示されているものを見ていただければ分かると思いますが、狭い空間から広い空間まで、本当にいろんな空間がある。そういう空間そのものを楽しんでほしい、ということだと思いますけど。
――開業からまもなく4年というこのタイミングで、パノラマボックスの新企画などが始まりましたが、このタイミングでという意図はあったりしますか。
宮崎 3年も同じ展示をやっているとさすがに飽きるんじゃないかなと思って、それぐらいですかね。深い意図は何もないです。
――今の時代はAI時代、スマホ時代とも言われ、画面ばかりの時代ですが、手仕事で作品を作ることには、特別な意味があるのでしょうか。特に、宮﨑駿監督にとって。