今年2月に勃発した、ロシアによるウクライナ侵攻。日夜激しく繰り広げられる戦いの帰趨は、国家指導者の意思や兵器の優劣のみで決まるわけではない。そこには作戦をリードする、双方の指揮官の存在が大きく関わってくる。実際、ロシア軍の思わぬ苦戦の背景には、戦略・作戦・戦術それぞれの次元で、指揮官たちの能力不足があったと言われている。 2020年の新書大賞を受賞した『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』の著者、大木毅氏の最新刊『指揮官たちの第二次大戦 素顔の将帥列伝』(新潮選書)の最終章では、軍人にとって最も必要な資質とは何かを問うた、「現代の指揮官要件――第二次世界大戦将帥論」が展開されている。以下、同書より一部抜粋・再構成してお届けする。
執務室の統帥
戦場を見下ろす丘に立ち、一時的な敗勢にもひるむことなく、勝機を見抜いて最後の予備を投入、ついには決勝を得る。あるいは、旗艦の艦橋にあって、砲煙弾雨のなか、巧みに艦隊の運動を指示して、有利な態勢をつくり、敵を潰滅に追い込む。おそらく、日本語の「名将」という言葉が連想させるのは、こうしたイメージであるはずだ。加えて、将兵をして進んで死地に赴かしめる統率にも優れているといったところか。
残念ながら、かかる「名将」概念は、作戦・戦術次元の能力評価に限られているばかりか、人格評価も多分に含まれていることから、現代的な戦史・軍事史研究の分析に使うのは難しい。第一次世界大戦によって、戦争は軍隊のみならず、国民と国民の衝突による「総力戦」になることがあきらかになって以降、優れた指揮官であるための要件は、多種多様になっている。
そのなかでもとくに重要なのは、おそらく、戦闘や戦役ではなく、戦争に勝つ策を定める戦略の次元において卓越していることであろう。事実、第二次世界大戦中、さらに戦後にあっても、切実に必要とされてきたのは、この戦略次元での人材なのである。外交、同盟政策、国家資源(人的・物的資源)の戦力化、戦争目的・軍事目標の設定、戦域(たとえば「太平洋戦域」など、「戦線」や「正面」といったエリアを超える戦争範囲)レベルでの戦争計画といった、きわめて高度の判断と戦略策定の可能な軍人こそ、求められるべき「名将」なのであった。……