「戦略的安定性」の動揺
軍備管理の役割は、一義的には「戦略的安定性」の維持にあると言われている。すなわち、相互確証破壊の状態にある国家同士の対立が先鋭化し武力衝突にエスカレート(それは核使用を、究極的には全面戦争を意味する)することを回避し(危機の安定性)、安全保障のジレンマ(双方が、自らの安全を追求するがゆえに相手を不安な状態に陥れること)が生じぬよう軍拡競争を抑制することで(軍備競争の安定性)、米ロ関係の破綻と破局的な結末の防止が予定されてきた。つまり、単に相互抑止の状態にあるだけではなく、その状態を安定化させるためにルールを決めて「制度化」し、両者の行動が予見可能な状態を維持できるような関係性に貢献したのが軍備管理である。
他方当事国にとって、「戦略的安定性」は軍備管理の唯一の政策目的ではない。当事国は軍備管理の規制下で、お互いの競争優位を獲得する競争を繰り広げている。
この競争は、冷戦終焉直後の米ロの蜜月時代には顕在化することがなかった。冷戦後の米ロは、破綻に瀕したロシアにおける核の管理とSTART条約の履行を米国が「協調的脅威削減計画」を通じて支援し、また2001年の米国同時多発テロの発生に際してはロシアのプーチン大統領はいち早く米国にお見舞いの連絡を入れ、米国の「テロとの戦い」に支援を申し出るなど、良好な時期もあった。また一時はロシアのNATO加盟さえ口にすることもあった。このような米ロの良好な関係の下で、軍備管理という政策領域は米ロの協調の象徴的存在となり、戦略的利害の相違の中でも協力が可能であるとの主張に信憑性を与え、国際秩序の安定にとっての「戦略的安定性」の意義が再確認された時代でもあった。
しかし、東欧諸国がNATOに次々と加盟し、それ以外にもロシア周縁各国が西側寄りの姿勢を取るようになると、ロシアの戦略環境認識、対米脅威認識には変化が生まれた。ロシアは、2008年の南オセチアをめぐるジョージアとの戦争、2014年のクリミア併合など、帝国主義的な動きをみせるようになった。クリミア併合の際には、のちにプーチン大統領はメディアのインタビューで核兵器を臨戦態勢に置く用意もあったことを明らかにしている。これは地域レベルにおける紛争での核兵器の役割拡大を意味し、冷戦後期から冷戦後の米ロ蜜月時代にかけて忘れられていた「安定―不安定のパラドクス」のリスクは消失していなかったのだという厳然たる事実を思い起こさせたことを意味していた。また、ロシアは欧州戦域における核兵器の使用への利用も視野に入れた中距離ミサイルの開発を、INFに違反する形で2000年代から行ってきた。……