政治

安倍元首相銃撃事件とこれからの保守政治

2022年7月20日

政治への打撃であり、言論への冒涜であり、民主主義への攻撃である――その通りではあるのだが、与党は同じ批判を繰り返し、野党も思いは同じだと呼応する。事件に非政治的な背景が感じられるにもかかわらず、強引に政治の文脈に回収することで、人々の共感がそがれてはいないか。日本の政治不信は、問題を解決する能力ではなく、そもそも問題を認識する能力への疑いに発している。

 安倍晋三元首相への銃撃は残忍な愚行であり、阻止できなかったことは返す返すも残念である。この事件ですぐに大きく政治が動くような予感を私は持っていない。しかし、それとは別に不吉さと無力感を覚える。その正体を確かめたくて、この文章を書いている。

 なぜ不吉なのか。実力ある保守政治家が暗殺されると政治が漂流するというのが、日本史の経験則かもしれないからだ。

   これはある程度は人類一般の経験則だと私は思う。近現代の人類は、技術や知識の変化によって、ほぼ常に進歩への圧力を受けている。保守政治家も聡明であるほどに、いたずらに保守しようとするのではなく、保守と進歩の均衡を取ろうとする。そのためには繊細なバランス感覚と強い指導力が必要である。両者を兼ね備えたリーダーは稀有で、失われると替えがきかない。均衡させられ、あるいは封印されていた様々な潮流が解き放たれ、政治は漂流しはじめる。

   これに対して、革新政治家の暗殺も同罪なのではあるが、進歩したい方向がはっきりしているから、遺志を継ぐ者を見出すのはより容易である。……

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