ミンダナオ平和構築支援は、緊急の人道支援と中長期的な開発支援の間に生まれる、いわゆる「ギャップ問題」を解消するために、「継ぎ目のない支援(Seamless Assistance)」を実践してきた事例ともいわれる[1]。緒方貞子氏は、紛争直後、復興の早い段階から迅速に事業に着手できるようにして、人道支援から開発支援へスムーズに移行できる準備をすることの重要性を説いていた。本稿では、ポスト冷戦期に日本が平和構築支援を本格化したミンダナオを事例とし、その継ぎ目のない支援がどのように始まったのかを中心に解説する。
1. 冷戦後に国際社会が直面した「新たな戦争」
冷戦の終結直後、先進民主主義諸国では、東西間のイデオロギー対立から解放され、国際平和が実現されるとの将来に対する期待感が高まったが、その後、国際社会が直面したのは、「新たな戦争」(=民族紛争)への対処だった。
この新たな紛争の特徴は、①戦闘に使用される兵器が小型武器だったこと、②陸戦法規に基づく正規の戦闘ではなく、戦闘員と非戦闘員を区別していなかったこと、③暴力行為の多くが非戦闘員である住民に対して向けられたこと、④異なるアイデンティティをもつ人びとを排除することにより住民を政治的にコントロールしようとしたこと、などである。そのため、国家間戦争の場合と比べ、市民の犠牲者が軍人よりも圧倒的に多く、難民・国内避難民の数が急増した[2]。
こうした中、深刻化したのが、「人道支援から開発支援の間のギャップ問題」である。緒方氏によると、難民・避難民が紛争終結後に帰還しても住居が破壊されたり、住民間の敵対的関係が解消されていなかったり、差別があったり、雇用機会や生計手段がなかったりすることが地域の不安定化を招き、実際に、紛争の再発要因になるという問題である[3]。これらの問題の背景には、人道機関と開発機関にはそれぞれのマンデート(委任された権限)があるだけでなく、時に競合関係にあり、組織間の連携・調整が必ずしも綿密・円滑になされてこなかったことなどがある[4]。……