政治

一般のロシア国民に「戦争の責任」はあるのかーーEUによるビザ発給制限の背景と余波

2022年11月7日

米欧日を中心とする国際社会は、“悪いのは一般のロシア国民ではない”という含意で「プーチンの戦争」と呼び、その前提で対露制裁を実施してきた。だが、ロシア人の入国者急増がEU諸国の安全保障リスクとなり、加えて動員逃れのロシア人の受け入れ問題も浮上する中、特に対露制裁を科している諸国にとって「一般のロシア国民の責任」は向き合うことを避けられない課題になりつつある。

 ロシアによるウクライナ侵攻は、「プーチンの戦争」と呼ばれることが多い。侵攻を決定したのがウラジーミル・プーチン大統領であることは明確だ。その背後には、もし大統領がプーチンでなければ、このような形での侵攻はおこなわれなかったはずだという理解も存在する。いずれにしても、悪いのは大統領、そしてそうした大統領の下のロシア政府であって一般のロシア国民ではないというのである。こうした言説は、戦争においてはよく使われる。「あなた方市民は敵ではない」として、人心の掌握を目指すのである。一般国民は被害者だ、という考え方にもつながる。

 今回、ロシアに対する米欧日などによる制裁も、基本的にこうした理解に沿っておこなわれてきた。しかし、ここにきて一般のロシア国民をどのように扱うべきかという議論を避けてとおれなくなってきた。最大のきっかけは、2022年9月21日にロシアで発表された30万人規模の動員である。これによって、一般のロシア人にとって、ウクライナでの戦争が急に自分の問題になり、動員の対象になることを恐れる成人男性の大規模な国外脱出が始まった。そうした「動員逃れ」のロシア人をどのように扱うかという問題が発生したのである。

 ただし、ロシア人の旅行者をどのように扱うかという問題は、その少し前の8月上旬から中旬にかけてすでにEU(欧州連合)内で論争になっていた。結果としてEUは、ロシア人に対するビザの発給制限を決定した。その後、動員を逃れようとするロシア人が加わり、一般のロシア国民に戦争の責任はあるのかという、より大きな問題が提起されることになったのである。それは、この戦争が「プーチンの戦争」なのか「ロシアの戦争」なのかという問いでもある。これらについて検討していこう。

「プーチンの戦争」VS.「ロシアの戦争」

 今回の戦争を「プーチンの戦争」と呼ぶときの含意は冒頭のとおりである。戦争の責任がプーチンにあるということは、一般国民の責任は(基本的に)問わないということにつながる。米国の国際政治学者であった故ケネス・ウォルツは、国際政治の見方として、3つのイメージを提示した。第1イメージは、人に焦点をあてたものであり、国際政治を決するのは人だという認識である。第2イメージは焦点が国家に移る。国家が国際政治を規定するという考え方である。第3イメージは、国際システムが軸になる。国際システム、なかでも特に力の分布が国際政治を規定するという考え方である。このことは、逆にいえば、人や国家に選択の余地はないことが多いということであり、国際システム上の制約が、人や国家の選択を左右する。……

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