最前線の要塞から「台湾経済のショーケース」へ
台北・松山空港から金門空港まで1時間足らずのフライト。台湾海峡はこんなに狭いのかと改めて感じる。行政区分としては中華民国福建省金門県とされているが、福建省の中で中華民国(台湾)が統治しているのは金門県のみである。人口は約14万人。空港から、県の中枢である金城の街へ向かう。街の中心に鎮座するのは蒋介石像。台湾本島ではすでに見られない光景だ。台座には「民族救星」と刻まれている。
たしかに、金門島を共産党の統治から守ったという意味では、「救い主」には違いない。1949年に中国大陸から撤退を続けていた国民党は、台湾本島の他、台湾海峡に面する澎湖島、金門島、馬祖列島を辛うじて防衛し、現在まで主権を守り続けている。
特に金門島は1949年10月に中共からの総攻撃を受けたが、それを撃退したことで中華民国の主権の象徴的な地となった。1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米軍は台湾海峡防衛のために第7艦隊を派遣。それにともなって金門島も要塞化され、国民党軍は10万人もの兵力をこの島に注入することになる。……
