政治

一進一退の和平プロセスで必要な「シナリオ管理力」

2023年5月5日

和平の成立が不確実な状況であっても、先回りして支援を開始しなければ自治政府の設立に間に合わない。そんなジレンマの中で、日本は支援対象の多様化によってリスクヘッジを図り、複数のシナリオを想定して対応策を準備した。結果的に「想定し得る最悪のシナリオ」が現実化したが、日本がそこで踏みとどまって支援の手を緩めなかったことは大きな外交的レバレッジにつながった。

 

 2008年の交戦再発後の膠着状態に風穴を開けたのは、2011年に開催された成田でのベニグノ・アキノ3世大統領とムラド・イブラヒムMILF(モロ・イスラーム解放戦線)議長との初の極秘トップ会談だった。その後、和平の機運が高まり、2012年10月に大統領府とMILFとの間で和平合意の枠組みに達し、2014年3月、包括的和平合意[1]の締結につながった。マレーシアによる仲介、国際コンタクト・グループによる側面支援が奏功した。

 しかし、実際にバンサモロ・ムスリムミンダナオ自治地域(BARMM)・政府が設立されたのは、和平合意締結から5年後の2019年2月だった。

 なぜ、これほどまでに新自治地域・政府設立に時間を要したのか。そして、こうした事態に、日本はどのように対応していったのか。本稿では、再々度交戦が発生した2015年までの経緯を、今後の「平和構築活動」へのインプリケーションも念頭に置いて詳しくみていく。……

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