プロローグ
1924年1月下旬、雪で白くなったモスクワの中心部に、幾重もの人の列が伸びていた。みな労働組合会館の「柱の間」に横たえられた亡骸に、別れを告げに来ているのであった。大人だけではなく、若者も、子どももいた。ユーリーという少年はまだ6歳であったが、熱心な共産主義青年同盟員の兄に連れられて葬列にまじっていた。冷え込みがきつく、あちこちで焚火が燃されていた。兄はあとで父親から、「お前はちっちゃいやつをどこへ引っ張っていったんだ。こいつは頬中しもやけになってるじゃないか」と怒鳴られた1。
棺の中に静かに横たわっていた人は、レーニンといった。ユーリー少年が生まれたのと同じ1917年に十月革命を成功させ、それから6年程の間、ロシアの最高権力者であった。彼のもとで旧ロシア帝国は、ソヴィエト・ロシアとなった。
革命を経たとはいえ、ソヴィエト・ロシアは皇帝たちのロシアに似ていた。第一に、広大な領域と多様な住民集団をもつ点で。第二に、統治者を縛る法がない点で。この二つの指標をもって、筆者は「帝国」という言葉を使いたい。ソヴィエト・ロシアは20世紀の帝国であった。そしてレーニンは帝国の創始者である。
巨大な帝国を統べるには、巨大な権力が必要となる。筆者はひとまずそうした権力の担い手を「悪党」と呼びたい。ソヴィエト帝国の歴代の統治者は経歴も個性も様々であったから、物語が進むうちにこの言葉のもつ幅も多様になっていくであろう。大事なことは巨大な権力の担い手ということである。そして、そうした権力を行使するということは、往々にして私たちの常識的な善悪の次元とは異なる事柄であるということも、いっておきたい。……